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【書評】対立しない善と悪〜吉田修一 『悪人』


就職氷河期が若者世代にもたらしたもの

今から30年ほど前のこと。

 バブル崩壊後、不景気の時代が始まり、多くの企業が新規採用者数を絞ったため、社会に出る若者たちにとって、のちに就職氷河期時代と呼ばれるほどの過酷な就職難が訪れた。追い打ちをかけるように、それまで専門職に限られていた派遣労働が製造業や建設現場でも可能になり、雇用は一層不安定になってゆく。

 労働力を生産量に合わせて調節できるのは、企業側にとってのメリットは大きい。しかし雇用される側にとっては、いつ契約を切られるかわからないため、生活を安定させにくく、将来を見通せない不安を抱えながら働くことを余儀なくされてしまうのだ。こうして、非正規雇用で働かざるを得なかった若者たちは就職氷河期世代、ロスジェネ世代と呼ばれるようになり、社会問題化して今に至っている。
 
 『悪人』が朝日新聞に連載されたのは、2006年3月から翌年の1月にかけて。ロスジェネ問題が取り上げられるようになった頃の作品である。物語の舞台は長崎と佐賀、地方の中核都市の郊外に全国チェーンの大型店舗が立ち並ぶ、どこにでもありそうな風景の中で物語が繰り広げられてゆく。


置き去りにされた男、ついていない女

主人公の祐一は、幼い頃に父親が失踪し、失意した母親にフェリー乗り場に置き去りにされてしまった傷を持つ。祖父母に養育され、土木作業の契約社員として働きながら、持病のある祖父の病院への送迎や、近所の老人たちの使い走りを淡々とする、内気で真面目な青年だ。心の奥底にある痛みを分かち合える誰かを探し続けているのだが、同棲しようとアパートまで借りた相手に逃げられてしまう。以後は出会い系サイトで欲望の解消相手を探し続け、ある日、光代に出会うのだ。

子供の頃から自分が「ついている」と感じることがまったくなかった。(略)自分はそんな人間だと思い込んで生きてきた。

朝日新聞出版新装版『悪人』p211

光代は旧弊な価値観を持つ家に育ち、「弟に嫁を取るから」と家を出され、双子の姉妹と一緒にアパート暮らしする高卒女子。だが、せっかく就職した工場では、高卒女子が真っ先に人員削減の対象にされてしまい、「ついていない」自分を自嘲している。出会い系サイトで出会った祐一との間に急速に愛が育まれてゆく様子には、愛し愛され、守りたいと思える誰かがいない孤独がどれほど大きな痛みなのかと、思わされる。

しかし、幸福な時間はあまりにも短かった。なぜなら祐一は光代に出会う直前に、出会い系サイトで知り合った保険外交員・佳乃に脅され、思わず殺してしまっていたからだ。祐一の告白を聞き、一度は自首を勧めた光代だが、生まれて初めて感じた愛し愛される幸せと、「この人と一緒にいたい」「守りたい」と思える人との出会いを手放せず、1日でも長く一緒にいようと、2人で逃避行を続けてゆく。

「私ね、祐一と会うまで、1日がこげん大切に思えたことなかった。」(略)「俺だって、光代との1日ば選ぶよ。あとはもうほんとに何もいらん」

朝日新聞出版新装版『悪人』p416

幼い頃、フェリー乗り場に置き去りにされたとき、幼い祐一は灯台を見つめながら、戻らぬ母を待ち続けたのであった。その灯台に潜伏する2人に、ついに警察が迫って来る。ようやく出逢えた幸せが、指の間からすり抜けてゆく。誰よりも大切な光代に、犯罪者を匿った罪を背負わせたくない。そう思った祐一は、あえて警官たちの目の前で光代の首に手をかけ締め上げる。

あえて悪人になる道を選んだ理由とは?

不遇だった祐一の人生には、彼が周囲に示した優しさと思いやりが随所に示される。

「欲しゅうもない金、せびるの、つらかぁ」言うたんですよね。だけん「じゃあ、せびらんならいいたい」って、わたしが笑うたら(略)「でもさ、どっちも被害者にはなれんたい」って。

朝日新聞出版新装版『悪人』p464

自分を捨てた母親に欲しくもない金をねだるのは、母もまた夫に捨てられた被害者だとわかっていたからではないだろうか。だからあえて自分を悪人にして、母に逃げ道を与えたのだ。同様に、わざわざ警官たちの目の前で光代の首を絞めたのも、光代に逃げ道を与えるためだった。愛する人を守るため背負う罪を自ら重くした祐一を、ただの悪人と決めつけて良いのだろうか?

悪と善は、二分されうるか?


娘が山中に置き去りにされなければ祐一に殺されることはなかったと、佳乃の父は、娘を車外に蹴り出した理由を、大学生の増尾に問い糺す。だが増尾はその言葉を受け止めないばかりか、仲間と一緒に佳乃の父親を嗤うのだった。

今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。(略)自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。

朝日新聞出版新装版『悪人』p447

嗤う増尾を目の前にした佳乃の父は、憎しみすら吹き飛ばされてしまうほどの深い絶望感に沈んでゆく。だが、嗤う増尾は罪を問われず、大切な人を守るため自ら悪人になった祐一は、罪を背負って落ちてゆくのだ。

解放された光代は、逃避行しながら祐一と過ごした日々を振り返る。「あの人は悪人なんですよね」と繰り返し呟くのは、祐一だけが悪と断じられてしまって良いのかと、読者に問いを投げかけるよう。

不幸にも時代の皺寄せを受け、未来を描けなかった若者たち。優しいからこそ落ちてゆく哀れさと、他人の痛みを嗤うことしかできない者が生き延びてゆく理不尽さ。困難な時代を生きる痛みを、改めて知らされた作品であった。


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