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醜く老いてはいけないな

昔、「けっ、情けないのう」と吐き捨てるように言われたことがあります。

プロフィールにも書いているように僕は大阪の放送局に務めているのですが、本社の営業局の部長をやっていたときのことでした。

席にいてふと顔を上げたら、もう随分前に会社を辞めた OB が横に立っていたのです。彼は僕ではなく、僕の隣に座っていたチーフ・スポット・デスクの M君にいきなりこんな風に話しかけました。

「おい、ウチは今何位や?」

何位というのはスポットCM の売上の順位を指しています。我々は、少し規模の小さいテレビ大阪を除いた在阪4局で、毎月数字を交換して順位を争っています。

M君は内心「誰だ、この爺さんは?」と思いながら、あまりの偉そうな態度に、「多分逆らわないほうが良いな」と悟って、

「ウチは今3位です」

と淡々と応えました。

するとこの OB は吐き捨てるようにこう言いました。

「けっ、情けないのう。俺がやってた頃はずっと1位やった」

僕は驚いたり肚が立ったりする前に、ダメだこりゃ!と思いました。こうなってはいけない、こうなっては終わりだと思いました。

M君は、

「やまえーさん(僕のこと)、今の人、誰ですか?」

と目が点になっていました。

「ああ、俺もさっき聞いたんやけど、随分昔の営業局長やった人らしいで」

OB会か何かがあって会社に来て、しばらく前から社内をウロウロしていたようです。僕はこれまでにその OB と会ったことはありませんが、ひときわややこしいおっさんだという話は聞いていました。

しかし、あんたがやってた頃は(系列キー局の)TBSの黄金時代で、ウチ自体もヒット番組をたくさん抱えていた全盛期です。今とは状況が随分違うでしょ。

それを単純比較するのもおかしいし、M君ひとりを、あるいは営業局全体を非難するのも間違っているし、会社や今の社員たちを悪し様に言うのにも無理があります。

それに順位は3位でも、売上高は多分あんたがやっていた頃より遥かに増えているはずです。

いや、まあ、それでも不満に思うかもしれません。それは仕方がありません。でも、なんであれ、「けっ、情けないのう」などと言ってしまってはいけないのです。それを言ったらおしまいです。

僕はそのときそう感じた思いを、もうすぐ自分自身がこの会社を完全に去ることになる今に至るまで、ずっと持ち続けてきました。

人は年を取るとどうして全てを自分の過去の成功体験に引きつけて考えようとするのでしょうか?

あなたがこうやったらうまく行ったということは、他の人もそうやればうまく行くということでは決してないし、ましてや、こうやらなければ失敗するということでもなければ、うまく行かないのは根性が足りないわけでも情けないわけでもありません。

いや、それより前に、あなたはいつまでも我々の仕事について語るべきではないのです。あなたの体験はあなたがやっていたときの環境によるものであって、今では通用しないことのほうが多分多いのです。

そう、あなたはここを去らなければならないのです。

僕はそう思いました。今でもそう思っています。

僕はこれまで note に「放送とインターネット」というマガジンを作っていろいろと書いてきました。

でも、会社を辞めたら、もうここに書くことはなくなるなと思っています。

書かないぞと決心したというのとはちょっとニュアンスが違います。会社を辞めたら会社や業界の情報が入って来なくなるのは確実で、そうなるとどうやっても書けなくなるなという確信があるし、いくら書きたくても、そんな状態で書いたら良い記事は書けないなと思うのです。

だから、会社を辞めたあとは、それまでの会社での仕事以外のところで、何か自分が取り組むテーマを持つべきなんだろうなと考えています。

幸いなことに、今まで自分のブログや note に書いてきた映画評や書評、音楽論、ことばに関するエッセイなどは、仕事と関係なくやってきたことなので、これからもそのまま書き続けられるだろうなと思っています。

それ以外にも何か探して行きましょう。

いやはや、老いるって、人によってはとても難しいことなんだな、と痛感する今日このごろです。

かつて、他社での輝かしい職歴を引っ提げて、定年後にウチの嘱託に迎えられた人がいました。知識や経験もさることながら、人間的にも大変尊敬できる方でした。

でも、その人は、とある先輩嘱託の醜い姿を目の当たりにして、「あんな風にはなりたくない」と言って、まだ何年かいられたはずなのに、途中で辞めてしまわれました。

そういう潔さを僕も見習いたいものだと思っています。


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