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仕事のモットー──僕はこんなことを考えながら働いてきました

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今の若い人に通用するかどうかは知りませんが、僕はいろいろ仕事を重ねて行くうちに、こんなことやあんなことに思い至りました、という感じの寄せ集めです。
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#仕事

僕がサラリーマン最後の日に語ったこと

2022年6月30日を以て株式会社毎日放送(MBS)を雇い止めになりました。 たまたまその日が定例の会議の日で、その席で挨拶めいたものを求められ、少し喋りました。以下はその時の内容を思い出しながら、少し添削、加筆修正したものです。 When I'm sixty-four最近頭の中でずっと鳴っている音楽があります(こういうのを英語では earworm = 耳の中に虫がいる、と言ったりするようです)。 それは The Beatles の When I'm Sixty-fou

どうする Facebook? どうしよう Facebook?

Facebook の高年齢化先日どこかで読んだのですが、若い人に Facebook のアカウントを持っているかと尋ねたところ、 と答えたとのこと。 そして、どうやらこれは同世代の若者たちに結構共通する感覚みたいなんですよね。 確かに X(twitter)があって、Instagram があって、TikTok があって、他にもどんなものがあるのか僕は詳しくないですが、彼らはそこら辺で充分満足で、わざわざ Facebook に手を出す意味はどこにもないのでしょうね。 かくし

人を動かすのが人の仕事

聞いて、考えて、語り継ぐ会社の後輩が修士論文を送ってきました。前にここに書いた H君です。 僕に相談に来たときには、彼の関心事は ということでした。そこから少し変わってきた部分もあるのですが、彼は社員に対するさまざまなインタビューを実行し、そこで得たさまざまな発言について分析を重ねて、「新しいアイデアが実行に移されて、仕事として立ち上がってくるのはどういう状況であって、その障害となるのはどういうものか」ということを、まことに学術論文らしい筆致でまとめ上げてありました。

どうやれば今の若手社員を動かせるか?──H君との長話

ルーティンに追われ新しいことを始めない若手社員たち僕は大阪の放送局MBSを退職して2年近くなりますが、先日、久しぶりに昔の部下であるH君が会いに来ました。 正確には、上京する彼に合わせて僕が東京支社にのこのこ出かけて行ったわけですが。 H君は昨年から仕事の傍ら大学院に入って勉強しており、そもそもはその修士論文を書くために少し昔の話を聞かせてほしいとのことだったのですが、会って話をしてみるとそんな単純なことではなく、もっと根の深い話でした。 彼はそもそも最近の若手社員た

相手の好き嫌いで仕事をしないということ

僕が大阪本社の放送局に入社し、2年後に東京に転勤して外回りの営業マンになったときに、僕に担務を引き継いだ先輩がこんなことを言ったのをよく憶えています。 この人は当時30代で、彼のことを「若手のエース」などと言う人もいました。 かなり個性的な営業スタイルの人で、自分が好きなスポンサーに対してはびっくりするほど強くて、その会社の宣伝担当者とどっぷり仲良し、どろどろの関係になって、難しいセールスも易々と決めてくるような印象がありましたが、たとえ自分の担当スポンサーであっても気乗

あほの坂田さんへ

僕は昔、部下に対して、「網羅的に語るな 象徴的に語れ」みたいなことをよく言っていた。同じタイトルで note にも記事を書いた。 そこにも書いたように、 というのは論理的には非常に正しい証明なのだけれど、もしそれをみんなに納得させたいのであれば、そう言うよりもひと言 と言ったほうが良い、と言うか、「AさんもBさんも…」と言い始めた時点でみんなきっと嫌気が差して聞いてくれないだろうから、「あほの坂田が」と言ったほうがよほどキャッチーで手っ取り早いのだ。 しかし、その坂田

下手になったベテラン歌手のように

若かった頃に大好きだった歌手っていますよね? 自分にとって憧れの的だったそんな歌手がテレビの懐メロ番組に出ているのを観るのはなんかうら寂しい気持ちになったりするもんですが、それだけではなくて、その歌手が年老いて歌がとても下手になっていたらどうでしょう? そういうことってありますよね? 悲しいですよね? 淋しいですよね? ここで具体名を何人か挙げたら、きっと皆さん「そうそう!」と頷いてくれると思うのですが、なんか一段と淋しさが増しそうなのでやっぱりやめておきます。 もちろ

プー太郎記念日

今月で会社を辞めてちょうど1年になりました。7/1 に facebook に と書いたら、僕の記事としては珍しくそこそこの数の「いいね!」がつきました。しかし、「いいね!」してくれた人の一覧を眺めているうちに、これが俵万智の『サラダ記念日』のパロディだと分からずに読んだ人が果たしてどのくらいの割合いたんだろうか?と少し気になって来ました。 そう、これは をパロったものです。ちなみに本歌と字数を合わせるため、「7月1日」は「しちがつついたち」ではなっく「しちがついっぴ」と

ChatGPT は善か悪か?

ここのところずっと ChatGPT がもたらす光と影みたいなことが議論されている。僕は AI に詳しいわけでも何でもないけれど、自分の経験に照らしてちょっと思うところを書いてみようと思う。 僕は大阪の放送局に務めていた。本人の希望に反して入社から2年間は大阪の本社のテレビ営業セクションに、そして、その後 11年間は東京支社のテレビ営業セクションにいた(と言うか、いさせられた)。 入社 14年目に漸く本社のテレビ編成部に転勤したのだが、新しい部に着任してからすぐのときに、同

ジジイと野獣

facebook上で知人が、「老害によって会社の改革が進まない」みたいな記事をシェアして嘆いていたので、コメント欄に「ジジイ死すべし。ジジイが書いてるので間違いない」と書いておいた。 「ジジイ死すべし」というのは「野獣死すべし」をもじったつもりだったのだが、分かってくれただろうか?(笑) で、その何日か後に大阪に行って元の部下と食事をしていたら、彼女もまた「上司が思った通りに動いてくれない」と言って嘆いていた。サラリーマンの上下関係というのはどうしてこんなに難しいのだろう

パワハラ時代を乗り越えてきて ~老サラリーマンによる回顧

この note にも何度か書いたけれど、僕らの若かった頃は今から思うと却々しんどい労働環境で、今の基準からすれば全労働日で理不尽なパワハラを受けていたと言えると思う。 それは身内の宴席でわざと人数の倍ぐらいの料理を注文して、「お前、若いんだから全部食べろ」と無理やり食べさせられるような次元の低いものから、何も教えてもらえないまま放り出された上に仕事で成果が上がらないのは考えが足りないからだと叱責されるようなものまで、非常にバラエティに富んでいた(笑) 単にパワハラを受けて

今それをやる意味

部下に何かを命じたときに、その部下から「今それをやる意味は何ですか?」と問い返されたら、あなたならどうしますか? ◇ 何年か前にネット上で、「『いいからやれ!』は通用しない」との記事を読みました。 その記事が何であったか、どこにあるのかはもう分からないのですが、僕が自分の言葉でまとめると、こんな感じの記事でした: 僕らの世代は、これは大変よく分かります。僕自身もついつい「あー、ほんとに、今の若い奴は面倒くせー!」とうんざりする上司の側に肩入れしてしまったのですが、しか

醜く老いてはいけないな

昔、「けっ、情けないのう」と吐き捨てるように言われたことがあります。 プロフィールにも書いているように僕は大阪の放送局に務めているのですが、本社の営業局の部長をやっていたときのことでした。 席にいてふと顔を上げたら、もう随分前に会社を辞めた OB が横に立っていたのです。彼は僕ではなく、僕の隣に座っていたチーフ・スポット・デスクの M君にいきなりこんな風に話しかけました。 「おい、ウチは今何位や?」 何位というのはスポットCM の売上の順位を指しています。我々は、少し

やさしさを感じた言葉

やさしい言葉って何だろう?と考えると、思い出すのは入社3年目を迎えるタイミングで東京支社に転勤になった僕に、僕が入社したときの上司である前・営業局長がかけてくれた言葉でした。 僕が放送局に入ったのは番組を作りたかったからです。大阪の局を選んだのは大阪で生まれ育ったからです。 それが本社は本社でも営業局に配属され、嫌で嫌で、毎日辛くて辛くて、でも、当時は2年経ったところで一度異動するのが通例だったので、次は自分の希望する制作セクションに行けるかもと夢を託したのですが、どっこ