やさしさを感じた言葉

やさしい言葉って何だろう？と考えると、思い出すのは入社３年目を迎えるタイミングで東京支社に転勤になった僕に、僕が入社したときの上司である前・営業局長がかけてくれた言葉でした。

僕が放送局に入ったのは番組を作りたかったからです。大阪の局を選んだのは大阪で生まれ育ったからです。

それが本社は本社でも営業局に配属され、嫌で嫌で、毎日辛くて辛くて、でも、当時は２年経ったところで一度異動するのが通例だったので、次は自分の希望する制作セクションに行けるかもと夢を託したのですが、どっこい行き先は東京支社の営業第一部でした。

しかも、最初の２年間は本社でデスク（内勤）職だったのに、今度は土地勘のない東京で外勤（外回りの営業マン）です。

僕は目の前が真っ暗になりました。

番組を作ることしか頭になかったし、そもそも営業という職種にはまるっきり興味も自信もなかったし、酒が飲めないという昭和の営業マンとしては致命的な弱点を抱えて、劣等感と恐怖心に潰れそうになっていたし…。

今と違って当時の新入社員はほぼ全員が制作や報道などの現場志望で、営業志望なんてひとりもいませんでした。そして、僕も含めて東京支社希望者は誰もおらず、みんな東京配属／転勤を恐れていました。

僕は東京が嫌、営業が嫌、外勤が嫌の三重苦で、転勤後何年間かは毎朝（一日の例外もなく）出勤途上で吐き気を催すような日々を送ることになったのですが、ま、今はその話は置いといて、会社員生活最初の人事異動の内示があった直後の話に戻しましょう。

当時の上司であった営業局長は、僕に「君は優秀だから東京支社に行ってもらうことにした」と言いました。僕は怒り心頭に発しました。

「ウソつけ、俺と直接話したこともほとんどないのにテキトーなこと言うな！」と、まあ、さすがに３年目のペーペーは口に出しては言えませんでしたが、そんな気分でした。

さらに、落ち込んでいる僕を見つけると、先輩たちが口々にいろいろなことを言ってきました。

「東京の営業やったら栄転やないか」

「まあ、営業やるんやったら、東京のほうがやりやすいで。市場もデカイし…」

喧嘩売ってんのか！ 東京にも行きたくないし、営業なんかやりたくないんや！というのが僕の思いでした。

海外勤務経験がある先輩は鼻で笑いながら、「まあ、東京では日本語通じるし、そんなもん海外に比べたらどうってことないよ」と。

どうしてみんな自分に引きつけて言うのでしょう？

彼らが僕を元気づけようとしていたのか、叱り飛ばそうとしていたのか、単にからかって言っていたのかは定かではありませんが、それを聞いてますます僕は落ち込みました。

そんなときにふらっと現れたのが、１年前に総務局長に転じていた前の営業局長であり、僕が入社したときの上司だったＩ氏でした。

Ｉ氏は僕の顔を見るなりこう言いました：

「おお、かわいそうな奴がおる。世界で一番かわいそうな奴がおる。ちょっとお茶でも飲みに行こ。ご馳走したるから」

そう言って彼は勤務時間中に僕を連れ出しました。そして、会社近くの喫茶店で、下戸で甘党のＩ氏は僕にも（何を注文したかは忘れてしまいましたが）甘いものをおごってくれたのです。

僕は「かわいそう」と言われて初めて心が晴れました。それは初めて自分の立場に立ってくれた言葉でした。そして、思いました。こういう言葉って大切なんだな、と。

落ち込んでいる人間に対して、「どうってことないよ」とか「何を贅沢な！」とか、そんな言葉をかけてしまうと、かけられたほうはなおさら荒すさんでしまうのです。かわいそうな僕はかわいそうと言ってほしかったんだと、そのとき初めて気づきました。

このときＩ氏は、総務局長の地位を最大限利用して、即座に東京支社の総務部長に電話して、僕の希望する社宅を押えてもくれました。

会社の幹部が、会社が決めた異動をかわいそうなどと言うのは良くないのかもしれません。でも、僕はこの人のこの言葉に救われたおかげで、その後の会社員生活を乗り切れたような気がします。

総務局長という地位のある人がかわいそうと言ってくれたからこそ立ち直れたような気がします。

結局僕は、営業が自分のキャリアで一番長い職種になり、一旦大阪本社に戻りましたが、その後の転勤で大阪～東京をさらに１往復半して、今では３回目の東京生活を送っており、多分このままここで生涯を終えるつもりです。

そして今でも時々、あのときＩ氏がかけてくれた「かわいそう」という言葉を思い出すことがあります。

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そう言えば、前にこんなことも書いていました（笑）：