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丸の内のイルミネーションと多摩川の水面

東京のクリスマスは想像以上にキラキラしていた。
いたるところで目にするイルミネーション。白い光、青い光、赤い光、緑の光。それらを見ているとなんだか少し背伸びをしている気分だった。

多摩川も思った以上にキラキラしていた。
14時なのにすでに傾き始めている日差しも、それが反射する水面も。
それらはクリスマスムードで浮かれている僕を引き戻し、地に足ついているなという感覚にしてくれた。

12月24日、彼女が家に来た。僕は東京の真ん中あたり、彼女は東京の海のほうに住んでいる。電車で1時間ちょっとかけてはるばるやって来た。
駅まで車で迎えに行ってそのままケーキ屋さんに向かった。前日にイチゴやキウイなどのフルーツをもらっていたので、スポンジなどを買ってケーキを自作してみようかとも話していたが少し面倒くさくなった。僕らはキラキラ輝くショーケースの中からいちごのものとピスタチオのものを選ぶ。
お昼ご飯は焼きうどんにした。冷凍うどんとあまりものの野菜たち。以前クリームパスタを作って一緒に食べたのだが、コンソメなどを入れておらず、大した味がなかったこともあって、「今回はちゃんと味付けしようね」なんて言いながら白だしと醤油、かつおぶしを加えた。

食べ終えると、「早く見てほしいからプレゼントあげていい?」と言う。彼女にしては珍しくせっかちだった。なんとなくわかってはいたが、迎えに行ったときに手に持っていた紙袋がそれだった。入っていたのは、手回しのコーヒーミルやフィルター、カップなどがセットになったもの、そしてコーヒー豆。以前僕が手回しのミルで豆を挽いてコーヒーを入れるような生活をしたいな〜とぼんやり話したのを覚えてくれていた。
夜は丸の内にディナーに出かけた。東京駅で電車を降りて外に出るとそこは人だらけ。横断歩道では警備員が「右側通行でーす」「はい、一度止まってくださーい」と大きな声で誘導している。渡るまでに信号3回分待ったが、そんな時間も苦ではなかった。
ほどなくしてストリートパークの入り口についた。並木にはイルミネーションががっつり。葉は枯れ落ちて秋の魅力を失った木にぐるぐるとライトが張り巡らされて冬の魅力が無理矢理装備されている。写真スポットやフードトラックなど大盛況だった。イルミネーションを眺めたり写真を撮ったりして止まりながらも端っこまで歩いた。途中にあったストリートピアノでは中学生くらいの女の子がback numberを、小学生くらいの男の子がポケモンの曲を弾いていた。
ストリートパークを歩き切ったあたりにレストランはあった。薄暗いその場所は、クリスマスだからちょっと贅沢しようという男女で賑わっていた。
「クリスマスにここで働くのはすごく大変そうだね」
そう言って2人で笑った。
「ゆっくりご飯が出てくると、あんまり食べていないのにお腹いっぱいになるね」
また2人で笑った。

東京駅は2人の住んでいるところからして中間くらいだったので、そのまま解散して帰路につけば良いはずだった。しかし、2人とも東京の真ん中のほうに向かう電車に乗っていた。
家に着くと、プレゼントでもらったミルで豆を挽き、タンブラーにコーヒーを淹れた。それを持って車に乗り込む。一度帰宅したはずの僕は他愛もない会話をしながら東京の海のほうに車を走らせた。


12月25日、何も予定がなかった。いつもの休日のようにシーツや枕カバーを洗濯して干す。そろそろ年末だからと部屋の片付けに取り掛かる。大きめの燃えるゴミの袋を買ってきて、不要になった書類や郵便物などを次々とちぎって丸めて投げ入れた。12月4日に新潟にたてよこ書店という古本屋をオープンさせたので部屋の本棚はだいぶすっきりとしていた。
天気も良かったので、多摩川の河川敷に行こうと思いついてシェアハウスのメンバーに声をかけた。「僕は本を読みに行く。河川敷まで連れては行くけど過ごし方は各々で。」と誘ったら2人来た。
日差しが眩しいが風も吹くあったかいのか寒いのかわからない河川敷で、持って行っていた例のコーヒーセットで淹れたコーヒーを2人に振る舞った。雲の隙間から時々顔を出す日差しは水面をキラキラと照らしている。
それから2時間弱、本を読んだり軽く喋ったりして過ごす。とても穏やかで優しくてあたたかい時間だった。

そこで読んでいた絲山秋子さんの『袋小路の男』がめちゃくちゃおもしろくて、2人を一旦家まで送ったあと、回転寿司に行った。
カウンターに座って続きを読みながらゆっくりお寿司を食べる。全然食べていないのにお腹いっぱいになった。というかお寿司より物語の続きに夢中になっていたところもある。ゆっくりご飯を食べていると全然食べていないのにお腹いっぱいになるよねという会話を誰かとしたなと思ったら昨日のレストランでしたことを思い出した。

彼女は友達数人とレンタルスペースを借りてクリスマス会をしているらしい。元から24日に一緒に過ごす予定だったので、25日は大丈夫だよと言っていた。僕は友達付き合いが良いほうではないし、得意なわけでもないから、彼女には友達のことも大切にしてほしいと思っている。いざというときに色々と助けてくれるはずだから。

お寿司屋さんのボックス席は家族連れで大賑わい。カウンターで隣に座っていたおじさんは、ボックス席の子供が大きい声を出すと、舌打ちをして小さい声で「うるせーなー」とつぶやいていた。そういうとこだぞと思った。なんだかクリスマスにそこにいる理由がわかった気がした。

丸の内のイルミネーションは僕を少しばかり背伸びさせ、浮かれさせたけど、多摩川の水面はそんな僕をしっかりと地に引き戻した。最後のお茶をすすって席を立つとカウンターにはもう誰もいなかった。



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