性別の違うきょうだい
ある時の帰省のおり、兄が、パンクだのカウンターカルチャーにまったく興味を示さない、自分の子どものことを話していた。
甥は、中学で合唱に出会い、ラテン語やイタリア語でも歌う、本格的な合唱団に属している。うちの子どもも合唱や演劇に興味を示す。
「ええなあ、ワシら、そんなもん、なんもなかったもんのう、子供ん頃。」
という兄の言葉に、そうよなあ、あの頃は、、、と言いかけて気づく。
「いやいや、あったよ。」
私は、自分と兄が覚えている、子供時代の違いにびっくりした。
子供の時、毎年のように、私はバレエを見に行った。交響楽団も演劇も。
実家のある町は、大きな街でない文化的不利をよく理解していてか、私たちが子供の頃からも、年に2回くらい、中央からのバレエ団や演劇を呼んで、市民に安く提供していた。母は必ず私を連れて行ってくれた。
それに、この町の中学の一つには、県で有名な吹奏楽団がある。私は、毎夏、吹奏楽団のコンサートに行った、母といっしょに。
私の情操教育のためにかと、後でいぶかしんでみたこともあった。でも、私が覚えているかぎり、母は、自分が好きだったのだと思う。特にバレエは、出演者の有名どころの名前をよく知っていたし、バレエに行くのを、憧れの目をして楽しみにしているのは、私より母の方だった。母は、成人した私に、「バレエ教室が近くにあったら、行けたのにな、あんた」とよく言っていた。
でも、お兄ちゃんはどこに?
母は兄をバレエにも交響楽団のコンサートにも連れて行かなかった。覚えていない、いっしょに兄がいたことを。
性別か。母が、そこまで、バレエやクラシック音楽は女のもの、と考えていたのか。ちょっと悲しい気がした。
「おにいちゃん、私の経験と全然違う。違う家で育ったんじゃねんかいうくらい違う。私は、毎年見たよ。バレエも、オーケストラも。」
「ワシやこ、誘われとりもせん。知らなんだ、そがんこと。ええのお、おめえは。ちばけとるのお。」
母が口をはさむ。あんたは、いっつも、おらんかったが、と。
母が言うには、いたら、もちろん連れて行ったはずだったと。そういう催しがあるのは、私たちの市では、子供が行けるようにという趣旨のため、たいてい週末の昼間にあった。
「あんた、おらんのんじゃもん。いっつも、どっか遊びに出とって。探したって、おらんのんじゃもん。」
野球なり、自転車で出かけたり、家を飛び出して、夕方まではいない兄。母は、チケットは、市の協賛で高くはないし、用意はしていたのだと言う。
たとえ性別のせいでなかったとしても、なんにせよ、私と兄は、子供の時に触れてきた文化に、大きな差があった。
私たちには、子供は男でも女でも平等にじゃ、と声に出して唱える父がいた。
両親の、特に父の、育ってきた世代や環境を考えると、口だけででも、「男でも女でも平等に」と言えるのは、かなり進歩的だ。
もちろん、実際には、将来への期待とか、お手伝いの役割とか、ふだんでも性差を感じることはたくさんあった。
それでも、性別に関係なく、してくれたことも、いくつも思いつく。一人に楽器を買ってやるなら、もう一人にも。性別に関係なく、二人とも大学に行くと思われていた。大学で兄が家を出るとすぐに、父は、兄が持っていたのと同じステレオセットを、私にも買ってくれた。
私の大学受験の時、父が、兄には出してやった、受験にかかる費用や私立大学の授業料を、私には同じようにはしてやれない、と言った。憤る私に、父がする説明は、性別によるものではなかった。
「2番目に生まれたと思うて、我慢してくれ。」
それ以外の理由もあったはずだ。でも、その言葉で、私は引き下がった。
このことを、ずっと後になってから兄に言った。自身も、性差のせいで逆の苦労をした兄には、鼻で笑われた。そして、おあいこじゃ、と言う。
私は、小学校2年生の時に、新品のピアノを買ってもらった。片方にだけでは、と憂えた父が、兄に買ってやったのは、ギターだった。
「おめえのピアノは100万じゃ。ワシのギターが、何本買えたと思うんなあ。」
合計金額で言ったら、たしかに、おあいこなのかも。
きっと私たちは平等に育てられたのだろうと思う。父と母の精一杯の。そして、その時代の。
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*追記 🎵 🎹 🎵
ピアノ100万円!これは兄の言ったことですが、大げさです。(現在でも、アップライトピアノは70万までしません。)私の子供の頃の相場で27万くらいだそうです。
父の金銭感覚と、市内の楽器店を知る者としては、たぶん20万余くらいだったのではと思います。私は、ヤマハが全国展開した、市場を伸ばすためのピアノ教室に、とりこまれた者です。(ピアノはヤマハです。)
県営住宅に住んでいたので、引っ越すまでは、音を抑えるソフトペダルなしでは弾かせてもらえませんでした。
コメント欄で、100万円に反応した方がいらしたので、ややたじろぎました。大雑把な私の性格と、大げさな物言いが癖の兄と、二人のせいです。失礼しました。
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