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映画「はじまりへの旅」("Captain Fantastic")

聞いたことのない映画だった。

映画「はじまりへの旅」(原題:Captain Fantastic)(2016) マット・ロス監督作品

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主人公を演じるのは、ヴィゴ・モーテンセン。アカデミー賞を受賞した「グリーン・ブック」(2018) の、2年前の作品だ。

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「ザ ・ロード」の父親、「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン。演じる役で、同じ人だと気がつかないほど、印象が違う。

でも、見たのは、彼が主演だからではない。子どもがおしえてくれたので。今月、一緒に見た。

原題のCaptain Fantastic というタイトルを聞いて、ヒーローものだと思い、夏にぴったりねとか言ってしまった。が、スーパーヒーローの話ではなかった、まったく。


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自給自足で、人里離れて暮らす家族の話だ。母が亡くなり、その葬儀をめぐって、日常文明の中で暮らす、親類縁者と、かかわらざるをえなくなる。

ユニークな設定で、展開が予測不能だった。映画の話が終わったあとの彼らがどうなるのかも、わたしには読めないままだ。


いったいテーマは何か?

この映画をすすめた上の子に、何についての作品だったと思うかと訊いたら、いろいろなこと、とだけ返された。

たしかに、いろいろなこと、がもりこまれていた。

家族、子供の養育、親の責任、夫婦関係、はもちろんだが、教育、学歴、共同体、常識、自然と文明、理想と現実、異文化理解、喪失。

見る人にとって、いちばん響くことが、違ってくる作品。

多くのことの中で、わたしがいちばん考えさせられたのは、価値観へのとらわれ。異質な文化や価値観に対する時、わたしは左右されるのか。自分の価値観をかたくなに信じるのか。

わたしの連れ合いには、喪失と再生。

うちの下の子に響いたのは、父親の教育にかける熱意。父親がしていることすべてが、子どもの教育に向けられていること。そして、どんなに年端のいかない子にも、真摯に、知っていることを隠さず伝えていること。わからないだろうとか、まだ早いとか、言わずに。


あたりまえといえばそうなのだが、常識は文化によって違うことを、映画を見て、あらためて思った。文化をつくる、最小単位の共同体は家族だ。文化は家族によって違う。

この家族は、便利さや快適さをもたらす現代文明に抗う。それは、貧しさゆえの選択でない。父と母の考えにもとづく、理想郷づくりだ。70年代のヒッピーのコミューン生活のようだが、この映画では、父母ひとりずつの、一家族という形態だ。

父親も母親も、自分たちが育った環境での文化や価値観を否定している。

同時に、既存の価値観と同じようなこともあった。ひとつは、家族を導く、一家の主、然とした父親。暴力や威嚇などはない。が、子どもが疑問に思う、家族の中の取り決めも、父が一蹴する。父と母の意見の違いも示唆されるが、まかりとおっているのは、父の考え方だ。

また、学校教育や学歴は否定されているが、教育そのものは重要と見られている。自然と共存しようとする中で、子どもらに身につけてほしい技術や知識は多岐にわたる。それでも、従来の教育で尊重されてきた、読み書きや、歴史や社会や科学の知識、外国語習得、論理的思考、弁舌、といったことにも、子どもらは、成果を出す教育を受けている。英才教育のようにも見える。

この家族に対峙する、もとの家族が出てくる。既存の価値観にもとづいた判断や行動をする者らとして。映画の中では、その人たちが、自分の価値観にとらわれていることが、滑稽にも、悲劇にもうつる。同時に、真っ当な正論でもあり、愛情あるからこその心配でもある。

自分の価値観に、強くとらわれ、おしつけてくる彼ら。でも、自分の価値観にとらわれているといえば、もちろん、見ている自分も同じく。

そして、現代文明の便利さを享受していない、この父と家族らもだ。

主人公である父親は、自分の信念、自分の意志、自分の選択といったものを、極端に重要視している。そうやって、自由人であろうとする彼が、不自由にも思えた。



わたしは、登場人物だれにも、なんとなく共感し、なんとなく反発を感じた。そういう、一筋縄でいかない印象を、映画は意図していると思う。

それでも、映画を見続けたのは、この家族が魅力的だから。容姿もふくめて、だ。だいたい、ある意味ハチャメチャな主人公が、ヴィゴ・モーテンセンだ。もし、この父親役の風貌が、もっと違った感じだったら。別の俳優とか、モーテンセンが、「グリーン・ブック」の時のような雰囲気だったら。そうしたら、わたしは、この主人公のしていることを、もっと批判的に、否定的に見てたかもなあとも思った。見た目による偏見だな、これは、わたしの。



自分の価値観に向き合わされる気がした映画。少なくとも、わたしには。うちの家族の口からは、まったく違った感想が出てくるだろう。そして、きっと、見た人それぞれからも。






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