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22年たったんだ、、、 感慨の「マトリックス レザレクションズ」

「マトリックス」4作目は、レザレクション(復活、再起、再生、蘇り)と謳ってあるとおり、1作目の世界観に近いらしいと聞いて、興味を持った。

「マトリックス」(1999) に受けた衝撃。なんなんだ、この映画は。強烈な印象。斬新な視聴体験。そういうものを味わえるのかと期待がふくらんだ。


見る前から、感慨にふけってしまった。

私はこの作品を、子どもといっしょに見た。ふだんなら親と出かけたりしたがらないのに。コロナ下の冬休みで、できることの選択肢が少なかったので、誘いにのってきたのだ。

22年前に「マトリックス」を見た時、子どもはいなかった。

うちの子は「マトリックス」1作目をビデオで見たことがあるが、主人公が弾をよける、有名なシーン以外は、よく覚えていないと言う。新作のレザレクションズは、彼にとって初めての、映画館での「マトリックス」体験だ。

びっくりするんだろうか。子どもは、22年前の私が感じたような衝撃を味わえるんだろうか。自分の体験を重ねてしまう。


見た後での、子どもの感想。ちょっと冗長で、メタ分析というのか、分析の分析が多い。言葉が多い。でも、おもしろかった、そうだ。

わたしも同感。
22年前のような衝撃はないが、感じた面白さの方向は同じだった。評判どおり、1作目に近かった。



新作の「マトリックス レザレクション」に、斬新さは、1作目ほど期待できないのは、わかっている。私たちは、1作目からのマトリックスの内容を知っているし、その作品に影響を受けた、さまざまな映画、ドラマ、ゲーム全般、を見慣れてしまっている。主人公の動きや、途方もない設定、戦い方、画像の見せ方に、観客は、以前ほどには圧倒されない。

加えて、携帯電話やコンピューターの急激な普及など、22年前では、まだSFかスパイ映画の中のように思えていたことが、現実になっている。そして、そういうさまざまな機械や人工知能との関係が、普通になっている生活を送っている。

多様性という言葉が日常に使われる今。90年代とは違う。


1作目も最新作もゲームを連想させる。「マトリックス」は、ゲームを体験するような作品だった。最新作も、現時点での現時点でのゲーム文化が反映されていると思った。

1作目では、攻殻機動隊やメタルギアソリッドなどの、アニメやテレビゲームの影響を受けていることは知られていた。そして、その「マトリックス」1作目は、逆に、ゲーム業界に影響を与えた。もちろん、映画界にも。新作マトリックス・レザレクションでは、その絡み合う影響も、話に織り込まれている。

そして、どちらの作品にも、小島秀夫氏はじめとするゲームクリエイターへの敬意を感じた。最新作では、ゲーム会社を登場させ、1作目の主人公の体験をゲームにした、という設定。主人公自身が、成功したゲームデザイナーになっている。日本も、場面として少し出てくる。

ビデオゲームの映像や動きは、ゲーマーでない私にでもわかるほど、驚くほどの進化をとげてきた。そして、翻って、というか、相互効果だろうが、新作マトリックスでは、ゲームの中の戦い方を見るような気がした。

去年、 Netflixで、一番人気のアニメドラマがあったが、ビデオゲームで高い人気の League Of Legend  の制作者らが、ゲーム制作での技術を使って作ったものだった。話の濃さもだが、その戦いの動きや、画像の美しさに、感動した。新作マトリックスを見ながら、私は、そのアニメを何度も思い出していた。

どちらの作品も、映画とビデオゲームの融解のようだ。それが、マトリックスをマトリックスたらしめている気がする。そういう、ビデオゲームと映画の世界の、境のはっきりしないような映画体験という面では、1作目と最新作は同じだ。



変わったと思ったのは、ジェンダーへの配慮だ。

人種やジェンダーを含めた、多様性への配慮は、シリーズを追うごとに濃くなっていた。1作目にも、女性の主要登場人物はいた。が、象徴的な、特別な存在としての役でだけだ。主人公のロマンスの対象や、預言者として。そうでなければ、端役。

でも、新作では、女性(または、男性でないというべきか)が、いたるところで大きな役割をになっている。存在が大きい、というより、普通にいる。これが、20年が流れたということなのだろう。そして、女性、男性と書いたが、ジェンダーの枠組みがゆるやかな人物像も多かった。


どちらの映画にも共通していたのは、現存の価値観や社会の仕組みへの批判。

最新作では、「母」という役割にいた人物が、子供を使いやがってと毒づく場面が印象的だった。

1作目も、新作も、仕組みをしきる人たちだけでなく、映画を見ている私たち自身の思い込みや価値観に、気づかせるような、問いかけてくるようなところがあった。


感慨深く思うのは、見ている私たちと同様、年齢を重ねた、主演俳優らもだし、当時ウォシャウスキー兄弟として、名を馳せた監督らも。今回の作品は、監督は、二人でなく一人。そして、兄弟は、今は、姉妹になっている。

最新作の中で、性別も含め、2つのものの対比を揶揄するようなせりふがある。青いピル、赤いピル、という二択を、登場人物が語る。二項対立、という考え方が、そもそも古い、と。

映画の作り手自身が、前の自分や、自分がつくったものを、否定はしなくても、距離をおいてとらえている。



22年分、時間は流れたんだな。そして、わたしたちのまわりは、変化し、進化している。

そんな、あたりまえのことを、あらためて考えさせられた。
「マトリックス レザレクションズ」。見られてよかった。


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