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過去の自分と対話する。未来のリーダーを育てる方法 | 『対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』

「リモートワーク時代の教え方の新常識」を、理論と実践の高次なバランスのなかで紹介してくれている、関根雅泰さん/林博之さんによる共著『対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』。

OJTに関係ないはずの人事課題であっても、本書の内容が頭をよぎることがあります。OJTという営みが、純粋な「育成」ではなく、常に「現場」(≒人事課題が生まれる場所)との架橋の中にあるものだからでしょうか。OJTは、育成の方法論であると同時に、企業人事が個人と組織をみつめるときの視点のひとつという、大きな意味づけができるのではないかなと最近思っています。

前回は、「企業人事が個人と組織をみつめるときの視点」のひとつとして、「新卒/中途ふくめた新規入社者のオンボーディング」というOJTの本来の目的と、「リーダー育成」という、オンボーディングを解決した「次」に見えてくる人事課題が、実はつながっているのではないか。だからこそ、同時に解決する打ち手を探ることはできないだろうか。といったことを書いてみました。

今回は、リーダー育成に必要な要素として前回紹介した、「価値観の転換」という「がんばるのではなく、新しいがんばり方を探る」プロセスについて書いてみようと思います。

怖ろしい思考実験

リーダー育成における価値観の転換とは、具体的には以下のように、仕事への向き合い方が、メンバーの価値観からリーダーのそれへと変化することを言っている。

◆ メンバーの価値観:Get things done 「自分で」物事を成し遂げる
◆ リーダーの価値観:Getting things done through others 「他者を通じて」物事を成し遂げる

私自身がこの価値観の転換という捉え方を初めて知ったのが、社外のコーチにコーチングを受けていたときだった。

そのコーチは、リーダーとして振る舞うということに戸惑っていた私に向けて、しきりにこんな問いを投げてくれた。

「今まで(メンバーとして)成し遂げてきたことはなんだろうか」

「そのときの成功要因はなんだろうか」

「当時(メンバー)と今(リーダー)とで、自分が置かれた場所はどう異なるのだろう」

「自分の立ち位置が変わったことによって、『今までの成功要因』がかえって、邪魔をしていないだろうか

『今までの成功要因』を手放すことによって、見える景色はどう変わるだろうか」

「今までと違う景色が見えたとき、そのなかでの『新しいがんばり方』とはどんなものだろう」

「『今までの成功要因』がかえって、邪魔をしていないだろうか」「『今までの成功要因』を手放す」といった言葉に、強く心をえぐられたことを今でも覚えている。

「え!?成功要因なのに、『邪魔』をしている!?」
「え!?成功要因なのに、『手放し』ちゃうの!?」

 私の戸惑いを言葉にするとこんなところなのだろうが、その戸惑いの下に隠れているのは実は、「成功要因を手放しちゃったら、この先どうやっていけばいいの!?」という恐怖だったのだと、今なら思える(認められる)。

そう、怖いのだ。いまの「ビジネス・パーソンとして確立した自分」をいったん「なし」にしてしまうという思考実験。そんな思考実験に放り込まれはするものの、「『なし』になった自分はこの後どうなってしまうのだろう?」という、思考実験の当然の帰結として生じる問いに対する答えは、まだそこにはない。

引き算としての成長

リーダー育成の難しいところは、メンバーとしての自分に「なにかを足す」ことによってだけでは、リーダーになれない(リーダーへと変われない、の方が正確だろうか)ところだと思っている。

これまでの「メンバーとしての成長」は、最初はビジネスマナーや社内ルールにはじまり、その後は業務知識やスキルや社内外の人間関係などなど、多くの「足し算」によって成し遂げられてきた。だから、多くの人は「成長とはなにかを獲得することだ」というふうに、成長≒足し算と捉えがちだ。

しかし、リーダー育成では、別の「成長観」を持つ必要がある。それが、「いったん手放す」という刹那の「引き算」である。

ここで注意したいのは、「いったん手放す」「刹那の引き算」と表現したことからわかるように、「すべてをぶっ壊す」という闇雲な破壊ではない、というところだ。コーチの言葉で「感謝して手放す」というのを思い出す。そう、過去のメンバーとしての自分の成功要因をひとつひとつ手にとって、あらためて目の前にかざしてみて、それに感謝し、そして丁寧に脇に置く。そういう丁寧で静謐なプロセスが、リーダーに向けての「引き算としての成長観」なのだ。

経験レビューという、引き算の準備

感謝して手放すというリーダー育成のプロセスは、自分の成功要因の「ひとつひとつ」を手に取るところから始まる。

ここで、本書からの引用を読んでみてほしい。以下の引用は、本書の中では、新規入社者のOJTという文脈において、「教わる側にどんな経験をしてもらうと、彼/彼女の成長につながるだろうか?」を考えるために、まずは教える側の経験を棚卸ししてみよう、ということを言っている。本書ではこれを「経験レビュー」と呼んでいる。

新入社員にどのような経験をしてもらえば良いか―この問題を考える際にヒントになるのが、まず私たち自身がやってきた「経験」を整理することです。

私たちは、今の立場として人に教えるようになるまでに、一体どんな「経験」を積んできたのでしょうか?
まずは、いったん過去の経験を振り返ってみましょう。

白い紙を取り出し、横軸に線を引いてみます。
右端が現在、左端を過去としましょう。
左側に縦軸を引いて、「経験」「他者」「研修」という項目に分けて整理してみます。

今に至るまでに、どんな経験をしたのか、どんな人々と関わってきたのか、どんな研修を受けてきたのか…を考えていくのです。

対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』より

この作業を終えたとき、教える側(いまリーダー育成の途上にある人)には、どんな景色が見えているだろうか。

自分の目の前に、自分の経験が「ひとつひとつ」並んでいて、それらが今の自分にどうつながっている(成功要因たりえている)かが、一枚の紙の上に描かれているはずだ。それは、引き算の準備が整った、とも言える。

過去の自分のなかに新しい自分を見出す

価値観の転換といっても、自分の外に新しい価値観を探しに行くのではないのだ。新しいメガネを外から持ってくるのではなくて、今まで見ていたはずのものを、違うものとしてあらためて見なおす。アップデートすべきは、目という視覚(外界情報の収集)ではなく、脳の視覚野(収集された外界情報の再構成)だ。そのためにアクセスすべきリソースは、自分の外ではなく、自分の中。

私が所属するフューチャーの新人研修でも、教える側に価値観の転換が起きている場面が見られる。

こちらは、「研修リーダー」をつとめた「屋宜さん」と「蒲田さん」の対談から。新人研修が始まる前と後で、「自分の経験を伝える」ということに対する印象がどう変わったかについて話してくれている。

屋宜:最初は自由にやればいいと思っていました。自分が経験したフューチャーのやり方を、そのまま伝えれば、わかる人にはわかるだろうと思っていました。だけど新人研修では、その考え方はちょっと違っていて。

蒲田:新人ひとりひとりにあわせて伝えないと、伝わらない。信頼関係もあるし、やっぱりタイミングもあって。1週目から色々言っても新人は吸収できないように、相手によって、内容によって、どんなときに伝えるかでも変わってきます。

屋宜:その時々で新人に伝えることは、自分が今まで仕事で大切にしてきた考え方です。そういう意味では、研修リーダーが始まるときに新人に伝えたいと思っていたこととそんなに違いはないんですね。でも、その想いを、新人にちゃんと伝えるためには、研修リーダー側が色々なことを考えないといけないと学びました。

フューチャーの新人研修を通じて研修リーダーが感じたこと。今後のキャリアの変化に迫る』より

「自分が経験したフューチャーのやり方」「自分が今まで仕事で大切にしてきた考え方」といった自身の経験を、「新人にちゃんと伝えるためには」というフィルターで捉えなおすことによって、「研修リーダー側が色々なことを考えないといけない」ことを痛感する。

「新しいメガネを外から持ってくるのではなくて、今まで見ていたはずのものを、違うものとしてあらためて見なおす」とは、まさにこのこと。教えることによって、自身の経験を棚卸し(経験レビュー)して、その意味づけを捉えなおしている瞬間だ。こういう瞬間の積み重ねが、いずれリーダーに向けての価値観の転換につながるはずだ。

もう1つの例は、「研修サポーター」をつとめた「橘さん」(教える側)に、数年前に新人研修を受講していまは現場で活躍している「馬場さん」(教わる側)が、インタビューしている場面。

フューチャーの新人研修では、新人が週報を研修サポーター(入社2年目以降の現場社員が担当)に送り、研修サポーターがその週報にコメントを返すという取り組みをしている。新人は、一生懸命書いた週報が真っ赤になって返ってくることにショックを受けたり、一方で、研修サポーターからの厳しくも温かい言葉に励まされたりしながら、新人研修での学びを深めていく。

馬場:次に、新人のサポートで大変だったことを聞かせてください。

橘:週報のやり取りですかね。片手間でできる仕事ではないと感じました。自分が新人のときは、週報への返信内容で落ち込むことも多かったので、落ち込ませずにポジティブに改善点を伝える方法を考えるのが難しかったです。

馬場:毎週のやり取りにどのくらい時間がかかっていましたか?

橘:新人1人につき20~30分、担当していた新人が4人いたので2時間弱くらいかかっていました。

馬場:え、そんなに…!私が新人の頃も返信をもらっていましたが、5分くらいでサッと返信していると思っていました。短時間でこんなアドバイスが書けるって先輩はすごいなって。

橘:そうですよね。でも難しかった分、教える立場としての成長を感じることができました。

新人1人に現場社員3人がサポート。会社ぐるみで進めるフューチャーの新人研修について聞いてみた』より

同じ週報の文面であっても、教える側と教わる側とで、まったく違う景色を見ていることがわかるだろうか。

教わる側は、「私が新人の頃も返信をもらっていましたが、5分くらいでサッと返信していると思っていました。短時間でこんなアドバイスが書けるって先輩はすごいなって」といったように、教える側はいとも簡単に取り組んでいるように感じている。

一方で、教える側は「自分が新人のときは、週報への返信内容で落ち込むことも多かった」と、自身の経験を「ひとつひとつ」手にとって目の前にかざすという、経験レビューをしている。

こういう、日々の業務を進める忙しさとは違うスピード感でもって、自身の内面に深く潜る時間というのは、リーダー育成にとって本当に貴重な時間だと思う。と同時に、本人にとっても大変なことだとも思う。でも、だからこそ、これを毎週2時間近くかけてしっかり取り組むことが、「教える立場としての成長を感じることができました」という言葉につながってくるのだと思う。

なお本題からは逸れるが、ここで「先輩はすごいな」という言葉が出てきているように、過去の記事で触れた「その人と一緒にいる必然性」の萌芽が見られることにも注目してほしい。組織としての求心力というのは、本当に些細な、こういう一瞬の積み重ねだと、私は信じている。

育てることは、人と人のつながりを生む。それも濃密な。そこにいる「その人」(自分を育ててくれた恩人)と、一緒にいる必然性を生む。それは紛れもなく、物語であり、求心力であるはずだ。しかも、組織という「外から持ち込まれた」物語ではなく、個人と個人のあいだの関係性という「内から生み出された」物語という意味で、力を持つ。

自律型人材が集まる組織とは? | 『対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』』より

現場の「中」のリーダー育成

あらためて、「教えることは教わることにつながっている」という命題が立ち上がってくる。

「新卒/中途ふくめた新規入社者のオンボーディング」と「リーダー育成」という、2つの異なる時系列に定位されると思われがちな人事課題は、実は同時に起きている(≒解決すべきタイミングが同時)と、私は本書を通して感じるようになった。読む前は単純に、OJTという育成方法論についての知見を期待していた私からすれば、嬉しい誤算だ。

(略)多くの企業人事と話していて、どこも「新卒/中途ふくめた新規入社者のオンボーディング」と「リーダー育成」に悩んでいる。企業人事の日常の実感としては、まず取り組むべきは「新卒/中途ふくめた新規入社者のオンボーディング」であり、それが一段落すると、次は「リーダー育成」という新しい課題が視野に入ってくる。

しかし、最近強く感じるのは、「リーダー育成」というのは「新規入社者のオンボーディング」の「次にやってくる」課題ではなく、「同時に取り組むべき」課題なのではないかということだ。いま「取り組むべき」と書いたが、これは決して「義務」や「重荷」ではなく、「取り組むほうが、個人(リーダー予備軍)も組織(企業人事)も、みんなうれしい」という前向きな「可能性」のイメージを込めている。一石二鳥という打算的な言葉も頭をよぎるが、そうではなくて、個人と組織のメカニズムから逆算することで打ち手を見出し、「みんなうれしい」を(through othersの価値観でもって)成し遂げたいと思う。

「メンバーを育てる」ことで「リーダーが育つ」職場を目指して | 『対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』』より

今回取り上げた経験レビューは、たとえば、リーダー育成研修のような場面でも行われそうな取り組みだ。「これからリーダーを目指すみなさんには、まずは、今までのメンバーとしての経験を振り返ってみてほしいのです」といったように。

これはこれで意味のあることだと思う。

一方でそれは、現場の「外」で行われている取り組みだとも言える。これを、現場の「中」に埋め込み、そして、目の前にいる「教わる側」の顔を想像しながらという、リアリティをともなった形で行ったほうが、本人にとってはもっと効果的に、そして、本人の周囲の人(教わる側)にとっても効果的な取り組みになるのではないだろうか。

さらには、教える側単体としての取り組みではなく、教える側と教わる側の関係性のなかに経験レビューを位置づけることによって、「先輩はすごいな」といったような、組織としての求心力の萌芽を生むこともできるのではないだろうか。

「一石二鳥という打算的な言葉も頭をよぎるが、そうではなくて、個人と組織のメカニズムから逆算することで打ち手を見出し、「みんなうれしい」を(through othersの価値観でもって)成し遂げたいと思う」という妄想は、そんな様子を指している。

本書の最終章でも、そんな様子が取り上げられている。本書の最終章というのは、これまで本書で紹介してきた手法を実際の育成場面に適用した事例として描かれている。理論と実践を高次にバランスさせている本書の特徴がよくあらわれた最終章だと思う。以下の引用は、中途入社者の「鈴木さん」のOJT担当を任された「私」の独白だ。

月並みな言葉だが、鈴木さんを指導することで、自分自身も成長できたという実感がある。

「足場かけ」と訳される「スキャホ」(引用注:本書で紹介されている手法)をするためには、自分でも仕事のやり方を細分化しなければうまく伝わらないからだ。

メンターに任命され、実際に取り組んできたことで、自分の仕事への理解がさらに深まったという手ごたえを感じている。

対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』より
自分がどうやって育ってきたかを思い出すことで、いろんな思い出が頭をよぎる。
「これまでがんばってきたんだな」と、少し感慨深い思いもある。

対話型OJT 主体的に動ける部下を育てる知識とスキル』より

経験レビューをし、その経験を相手にとって有益なものにする(through others)ために、捉えなおす。そのことが、「自分の仕事への理解がさらに深まったという手ごたえ」や「感慨深い思い」につながっている。単発のリーダー育成研修で起こそうとする変化が、すでにそこ(現場の「中」)にある。

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教えることは、教わることにつながっている。

それは、教える人と教わる人とのあいだの関係性(一緒にいる必然性)を強めるという個人−個人間の求心力としてはたらくと同時に、教える人が自身の今までの経験を棚卸しすることで、「この職場にいる自分」を見つめなおすことによって、個人-組織間の求心力ともなりえる。

「同じ職場で働く」ということと「業務の委託関係」ということの違いはなんだろう。

私たちは職場で、「仕事をお願いする」「仕事の結果を返す」以上の、どんなやり取りやつながりの中にいるのだろう。私とあなたの関係性が、「仕事をお願いする」「仕事の結果を返す」という業務の委託関係に閉じるのであれば、私とあなたは、同じ組織の構成員ではなくて、業務の委託元と委託先という関係性でもって、じゅうぶん説明されうるはずだ。

業務の委託関係の外にある、やり取りやつながりが、同じ組織にいることの必然性につながる。このあたりは、ジョブ型雇用との絡みでいずれ書いてみたいテーマだ。なお、「同じ組織の構成員」という関係性が善で、「業務の委託関係」という関係性が悪と言っているわけではない。大切なのは、それらが同じものなら同じものとして扱い、違うものなら違うものとして扱う、という丁寧な使い分けだ。

次回は、リーダー育成という文脈を離れて、育てる側と育てられる側のあいだの信頼関係という側面から本書の内容を取り上げてみたいと思います。

なぜ信頼関係なのかというと、以前に、信頼関係について4回シリーズで書いていたことがあったのです。

そんな経験があったので、本書を読んでいて信頼関係に触れた箇所にピンと来たのです。これも経験レビューですね。

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