友との再会は楽しいの巻き【日本滞在レポート#2】
3年ぶりの日本だったこともあり、それはそれはたくさんの“会いたい人たち”に会えました。
前回はnoteの友との出会いについて記しましたが、短い期間にも関わらず50人ぐらいの人々と会いまくる日本滞在となりました。
その多くは帰国したときには必ず会う人たちですが、今回は30年ぶりにいとこ夫婦に会うこともできました。子どものころによく面倒みてあげていたいとこですが、成長してから彼は遠方に引っ越し、我が家もサモア、米国と移住人生を歩んできたために、なかなか会う機会がありませんでした。
今回ゴールデンウィークがあり、ちょうど叔母の家に里帰りすると知り「チャンスを逃すな」と駆けつけたところ、ご夫婦揃ったいとこに会うことができました。
前回3年前の帰国とちがい、「また今度」をわたしは信じていません。
先延ばしでまた次回なんて思っていたら、コロナ禍に突入して次回がなかなか来なかったし、夫に至ってはあっけなく亡くなってしまったのですから、会いたい人には今すぐに!!を実行するのみでした。
まさかの夫の他界で、これまでは必ず夫婦で面会していた友人たち、夫の高校時代からの大親友とも今回からはわたしだけで会うことになりました。夫の最期の様子や思い出話をたくさん話ました。どの面会でもこの3年間わたしがどんな地獄を見て、どんなに感謝できることが起こり、どんなふうに立ち直ったかなど聞いてもらいました。
名古屋に出るまでが何より遠いド田舎の家から、会いたい人に会うためには飛行機や新幹線であっこっちに行き、フライト前や各駅での隙間時間も無駄にすることなく会いまくりました。
小学校、中学校時代の友人たちとは、駅でランチ。カレッジ時代の友人3人がわたしの住むド田舎まで会いに来てくれたので、地元で採れた山菜による薬膳料理を出してくれる古民家食堂でランチを堪能してもらいました。
そのうちのひとりは、高校時代からの夫婦共通の友だちであり、彼女のダンナさまともよく遊んでいたので急きょ、彼にも久しぶりに会いたいからと、「今日泊まりに行っていい?」という運びに。こんな成り行きを可能にするのも、没イチで身軽になったからなので、ちょっぴりそのことに感謝!!
その翌々日には、かつてミシガンで駐妻をしていた友だち3人が、わたしと会うため群馬県からえっさこらさと出てきてくれることになっていたので東京に向かうはずでした。
翌々日まで待たなくても途中まで行ってしまおうと思っていたところで、元フランス在で今は藤沢に住む友人が、「泊まりに来る?」と言ってくれたので、「じゃあよろしく」のノリでおじゃましました。夫婦で帰国していたならあり得ない展開なので、この身軽さは悪くないと再び思いました。
おもしろいのは、群馬在駐妻組も名古屋在カレッジ組もそれぞれが近くに住んでいながら、前回みんなで会ったのはやはりわたしが帰国したときだと言います。結局いつでも会えると思っていると、なかなか会う機会を持とうと思わないようです。
家の近所の人たちも同じことを言っていました。近所に住んでいてもなかなか顔をあわせることはなくて、結局近所の人より米国に住んでいるわたしのほうが身近に感じるというのだからおかしなものです。
どちらにしても、たまに帰国するわたしみたいな存在が人々を繋ぐ役割になっているのだとしたら、それもよいことではありませんか!!
高校時代からの友人夫婦とは、お互いの新婚時代から常に家族ぐるみでお付き合いしてきました。ダンナさまはご自身のリタイアメント旅行にミシガンの我が家まで来てくれたこともあります。そんな長〜い付き合いの友人夫婦とは近所の温泉でお風呂を堪能!!夜は息子さんも駆けつけてくれて語り合いました。
久々にお互いの近況報告をし、昔を懐かしんだりと話は尽きませんでしたが、今回ばかりはわたしの3年間の報告がいちばん盛りだくさんでした。
そんなわけで、大勢の人に会ったおかげで、新たなたくさんの思い出を作ることができました。人と会い、楽しい時間を過ごすことがわたしの人生の一部になっていくのです。
そんなふうに考えられるようになったのも、この3年間にいろんな経験をしたからこそかもしれません。ちなみに、時間は限られているので、会いたい人にだけ会いました。会いたいくない人には帰国すら知らせていませんから、あたりまえですが……。😆
なにはともあれ、「会いたい人には会いに行く」をこれからも続けま〜す。😍
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