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形見の人形

京都府 Cさんから聞いた話。

Cさんは保育士をしている若い女性の方で、これは彼女が小学校高学年の頃、祖父母の家で体験した話だ。

彼女の祖父母の家は滋賀県の山中にあり、長期休暇となると、家族全員でそこに遊びに行くのが毎年の恒例行事だった。自然の中を駆け回ったり、ごちそうを食べたりして、Cさんはいつも祖父母の家に行くのを楽しみにしていた。

なかでも彼女が一番好きだったのは、祖母と一緒に「お人形さん遊び」をすることだ。ふたりとも人形やぬいぐるみが好きだったこともあり、Cさんがまだ小さかった頃からずっと、祖母と一緒に、いろんな人形遊びをしたのだそうだ。学年が上がるにつれ、だんだんと人形で遊ぶなんてことはなくなっていったが、それでもいつも快く迎えてくれる祖母のことが大好きだった。

しかし不幸なことに、Cさんが小学校高学年になったとき、急病で祖母が亡くなってしまった。Cさんは心から悲しんで、亡くなってから数日間はずっとふさぎ込んでしまっていた。

それからしばらくして、祖父から、週末に祖母の遺品を整理するとの連絡が入った。何か手元に残したいものがあるかも知れないから、Cさんも整理を手伝ってくれないかと言われたそうだ。最初はあまり気が進まなかったが、ずっと悲しそうにしていたら天国の祖母も安心できないだろうと思い、遺品の整理を手伝うことを決めた。

週末になって、祖父母の家を訪れた。以前と変わったことと言えば、祖母がいないこと、そして仏壇が置かれていたことだった。Cさんは祖母が2階の物置部屋で保管していた、おもちゃや人形を整理することになった。手をつけてみたはいいものの、これまで祖母と遊んだ記憶のあるものばかりで、涙がボロボロとこぼれてきてしまい、作業は全然進まなかった。

そんな時、物置部屋の方に置かれている日本人形が、ふっと目に入った。そこまで古いものではなく、ガラスのケースに入れられている。Cさんは気になってその人形を手に取り、1階にいた祖父にその人形について聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

「それはな、ばあばが『Cが大きうなったらあげたい』って、ずっと取っといてん。良かったら、それで遊んであげたってな。」

その言葉を聞いて、寂しさと悲しさが入り混じった感情が心から溢れ出て、Cさんはその場で大泣きしてしまったそうだ。しばらくして泣き止んでから、おじいさんの言う通りに、日本人形をケースから出して、髪を櫛でといたり、祖母が持っていた他の人形を使って、ひさしぶりに人形遊びをした。祖母がその場にいるような気がして、心が落ち着いた。一通り遊び終わった後、日本人形をケースに入れ、ひとまず物置小屋にまたしまい込んで、整理を続けた。

夕方まで作業が長引いたので、その日は祖父母の家に泊まることになった。Cさんは泣き疲れたのだろうか、夕飯もそこそこに、まだ早い時間に眠ってしまった。

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真夜中、早い時間に寝たからだろうか、Cさんはパチリと目が覚めてしまった。窓の方を見てみると、まだだいぶ暗いようだが、ほんのすこしだけ日差しのような紫の光が見える。早く起きちゃったな、ともう一眠りしようとした時だった。

<トントントントントントン>

上の階から、ノックするような音が聞こえた。なんだろう、としばらく天井を見つめていたら、また<トントントン...>と、音がした。どうやら音の位置は移動しているようだ。何かの足音らしい。古い家だったので、天井裏に動物が入って歩いているということはよくあった。ネズミだったら嫌だなと、思ったが、今のところこちらに害はないので、気にせずにまた眠ろうとした。そのときである。

<ギッ トンッ ギッ トンッ ギッ トンッ>

今度はその足音が、ギッギッと床を軋ませながら、階段を降りてきてた。そして、明らかにネズミよりも大きくて重いものが移動しているようだった。何かおかしい、と思ったCさんは、布団の中にすっぽりと入って身を隠し、じっと耳を立てていた。「それ」は、1階に降りたあと、また<トントントン...>と移動を始めた。音までの距離が近くなったり遠くなったりしていたので、おそらく1階を行き来していたのだろう。

やがてその足音が、Cさん家族が寝ている部屋の前でピタリと止まった。そして今度は<ギィー>と、何かが部屋の扉を開ける音がした。恐怖でCさんの心臓は強く脈打っていたが、その音の正体に聞こえないようにと、より一層息をひそめた。

扉を開けて入ってきた何者かは、先ほどまでと同じように、布団の周りを<トントン>と足音を立てながらぐるぐると歩き回り始めた。Cさんは夢中で「おばあちゃん助けて」と、布団の中で何回も祈っていたという。そこから数分経った頃だろうか、その音はまた<ギィー>と扉を開け、2階へ登っていったようだった。Cさんは怖くて布団から出るにも出れず、すっぽりと覆いかぶさったまま寝入ってしまった。

そこから何時間経ったかわからないが、体をゆさゆさと揺すられ、Cさんは目を覚ました。母がいい加減起きなさいよと言っている。部屋の中はもうだいぶ明るかった。

「昨日のあれは夢だったのかな。」

そう思い、まだ寝ぼけている体で寝返りを打った。

<コツン>

冷たくて硬い何かが額にぶつかった。なんだろう、と思って目を開けてみた。すると、そこには昨日物置部屋で見つけた日本人形が、ケースから出た状態で布団の上に置かれていたのだ。

「なんでこんなところにお人形さんが--」

そう思ったとき、後ろの方から母の声が聞こえた。

「朝になったらそこにあったんだけど、Cはいつその人形持ってきたの?」

もちろん、わざわざ夜中に2階の物置部屋まで行って、人形を持ってきた記憶なんてなかった。そして、数秒考えたあと、ハッと気づいた。夜中に家中を歩き回っていたのはこの人形ではなかったのか。形や重さからして、その人形以外には原因が考えられなかった。Cさんの肌は粟立ち、わっと跳ね起きて、その人形から一目散に逃げた。後になって家族に昨夜の話をしたが、全く信じてくれなかったそうだ。

Cさんは気味の悪さから、その人形に近寄れなくなってしまった。自分がもらうはずだったのだが、最終的には従姉妹に譲ることにした。そこから、その人形が夜中に歩き回るといった話は聞いていないという。

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Cさんは当時のことを思い返して、こんなことを言っていた。

「もしかしたら、以前、祖母と遊んだ時のように、私ともっと遊びたかったのかもしれませんね。夜中に出歩いただけで、私たちに危害を加えるようなことはしなかったこともありますし、今になるとそう思います。」

現在、その人形がどこにあるかはわからない。もしかしたら、まだCさんを探しているのかも知れません。

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