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旧病棟のエレベータ

東京都 Hさんから聞いた話。

Hさんは40代の女性で、小さい頃から持病があり、しばしば大きな病院で入院することがあった。この話は、10年ほど前に病院で体験した話である。

当時入院していた病院は、旧病棟と新病棟のふたつで構成されていた。旧病棟には入院患者のための病室があり、普段の診察や検査は新病棟で行われている。旧病棟の上層階には、新病棟へ行くための連絡通路がかかっており、患者が病棟を行き来するためには、そこを通らなければならなかった。

ある日のこと、Hさんは入院後の検査をすることになり、旧病棟から新病棟に向かっていた。病室のある階のホールまで出て、ボタンを押し、エレベータが着くのを待った。チーンという音と共にエレベータの扉が開き、乗り込んだ。

エレベータの中には、同じ患者らしき女性がひとり、隅の方に立っていた。歳は自分よりも下だろうか、髪が短く、肌の色はかなり白かった。Hさんはその同乗者に軽く会釈をすると、連絡通路がある上の階のボタンを押した。

扉が閉まってからしばらく待っていたが、なぜかエレベータは一向に動く気配がなかった。階数表示も変わっておらず、ボタンを押し忘れたのかと思ったが、しっかりとボタンのライトは点灯していた。不安になり、故障ですかねと同乗者に声をかけようとしたちょうどその時、ブーンと音がして動き始めた。

ホッとして階数表示を見てみる。すると奇妙なことに、3階、2階、1階...と上の階ではなくどんどんと下の階へ向かっていった。もちろんボタンは上の階へ行くことを示している。そして、再びチーンという音ともに扉が開いた時、電光掲示板は地下2階を示していた。

エレベータの外は真っ暗だった。普通は非常口の案内板などの電灯が点いているものだが、数メートル先も見えないほどの闇が広がっていた。後にHさんは当時のことを思い返して、こう話していた。

「思い返してみれば、あそこは現実じゃなかったのかもしれません。」

Hさんはパニックになり、「閉じる」ボタンを何度も押した。しかし扉は閉まらなかったそうだ。そして、次に襲ってきたのは、強烈な薬品の匂いと、腐敗臭だった。吐きそうになりながら臭いの元を探ってみると、エレベータの外、地下2階の廊下の奥がその発生源のようだった。

その時Hさんは、病院の地下には遺体安置室がある、と言うことを思い出した。この暗い廊下の向こうには遺体があり、それが不快な臭いを出しているのだ。このまま扉が閉まらなければ、自分に危害があるかもしれない、というイメージが頭の中でどんどんと膨らんでいき、恐怖のあまりHさんは過呼吸になり、エレベータの床にへたり込んでしまった。

「大丈夫ですよ」

すぐ近くから小さな声が聞こえた。声の方向に目をやると、同乗していた患者の女性がこちらを見下ろしていた。目こそ笑ってはいなかったが、変に落ち着いているような印象だったそうだ。

その声が聞こえたのを皮切りに、異臭は消え、先ほどまで頑なに開いたままであった扉が閉まり始め、ブーンとエレベータが上の階に向かって動き始めた。やがて、あまりの急展開に呆然としている間に、連絡通路のある階にたどり着いてしまった。

「危ないところでしたね」

相変わらず床にへたり込んだままのHさんに、同乗者の女性はそう声をかけて、その階でスッと降りた。Hさんは、結局看護師に発見されるまで、しばらく動けなかったそうだ。

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この話は以上であるが、編集者はひとつの疑問が浮かんだ。

「エレベータで、最初に連絡通路のある階のボタンを押したのは、Hさんですよね。と言うことは、同乗者の女性は別の階で降りるはずだったと思うんです。なぜ最後に、Hさんと同じ階で降りたのでしょうか。」

これに対して、Hさんはこう答えた。

「エレベータに乗った時には、ひとつもボタンが押されてなかったんです。」

同乗者は、一体何者だったのか。そして、Hさんはどこに足を踏み入れてしまったのでしょうか。

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