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もう一人の娘

兵庫県 Uさんから聞いた話。

Uさん家族は、転勤で大阪から兵庫に引っ越してきた。某市内の2LDKのマンションで、妻と3歳になる娘の3人で暮らしている。この話は、そのマンションの一室で起こった体験談である。

ある週末の昼過ぎのことだった。ちょうどUさんの妻が夕飯の買い物に出かけていて、部屋ではUさんと娘が留守番していた。Uさんはリビングのソファでスマートフォンでゲームをしながらくつろいでおり、娘はというと、午前中にたくさん遊んで疲れたのだろうか、リビングのすぐ隣の部屋に布団を敷き、そこでぐっすり寝ていた。

Uさんがゲームをしていると、後ろの方でトットッと人が走る音が聞こえた。気になって振り返ると、さっきまで隣の部屋で寝ていた娘の影が、小走りでキッチンに入っていくのが見えた。

「あれ、いつの間に起きたんだろう。」

ゲームに集中し過ぎていたのだろうかと思っていたのだが、隣の部屋にふと視線を移すと、妙なことに娘はちゃんと布団の中で寝ている。Uさんはギョッとした。

変だな、気のせいか--

そう思った瞬間、キッチンの方でカチャカチャと、皿同士がぶつかる音がした。娘はすぐそこの部屋で寝ているし、妻がいつの間にか帰ってきたのだろうかとも考えた。しかし、そうであればドアが開く音や、ただいまという声が聞こえるはずだ。

少し気が引けたが、不審に思ったUさんは、キッチンまで様子を見に行った。カウンターキッチンだったので、リビングから中を覗いてみた。しかし、人がいる気配はしなかった。もっとよく見ようと、キッチンの入り口から中を見てみるも、やはり誰もいないようだった。

Uさんは胸をなでおろした。さっきの音も、重ねた食器が少し崩れてしまった音だろう、なんて考えた。緊張していたためか喉が渇いたUさんは、そのままキッチンの奥まで入り、冷蔵庫の中に入っているお茶を取り出し、バタリと扉を閉めた。

すると、視界の端の方に、何か黒っぽいものが写り込んだ。振り向くと、そこには娘が立っていた。一瞬ドキッとしたが、確かに娘の姿だった。いつ近づいてきたのかが全くわからなかったが、娘はUさんの目を見ながら、一言こうつぶやいた。

「とーたん、※※※※※※※※?」

いつもの娘の声だった。しかし、なんと言っていたのかが聞き取れなかった。喉の具合が悪いのだろうか、ゴボゴボという音が声に被っていた。Uさんが聞き返すと、娘は続けてこう言った。

「とーたん、おみじ※※※※※※※?」

やはり最後の方が聞き取れなかった。Uさんはしゃがんで娘と視線を合わせ、また聞き返した。

「とーー」

娘が喋り始めると、途端に娘の顔がどんどんと崩れ始めたのだ。砂で作った城が壊れていくように、ボトリと肉が下へ落ちていく。そして、その声もどんどんとおかしくなっていった。

「とーーーーーーーーーーーたんんんんんおおおおおおおみいいいいいいいいじうううう」

Uさんは耐えきれず、大きな悲鳴を上げた。その瞬間、目の前の「娘だったもの」はパッと消えてしまった。状況が全く読めずパニックになっていたため、Uさんは一目散にキッチンを出て、本物の娘が眠っている部屋に立てこもり、妻が帰ってくるのをじっと待っていたのだそうだ。

その日以降、その女の子が姿を表すことも、娘への影響も特になかったらしい。Uさんは当時のことをこう振り返る。

「あの後、女の子が言おうとしていたことを考えてみたんです。はじめはわからなかったのですが、おそらく『とーたん、おみじゅ(お水)くれん?』だったのではないかなと。私たちが住んでいたあたりは、大きな火事があったものですから、その時に焼けて亡くなった子が、お水が欲しいと訴えてきたのだと、今では思っています。」

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