【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.3
7
あれは晩御飯を食べていた時のことだった。
突然電話がかかってきて、ママは相手がわかるなり「いつもお世話になってます」と深々と頭を下げ、私の顔をチラリと見た。
そして「ええ」「ええ」と相槌を繰り返し、一度「すみません」と口にすると、その後何度も「すみません」と頭を下げた。
一体何があったのか。
相手は誰なのか。
私は箸を置いて電話が終わるのを待った。
電話の相手は担任の先生だった。
「モモカ、どうして授業参観のことママに教えてくれなかったの?」
私はヒヤリとした。
なぜなら私は意図的に手紙をママに見せなかったからだ。
「正直に話して。ママに何か見られたくないことでもあるの?」
ママはイジメを疑っているようだった。
でもその心配ならいらない。
私は変な誤解が生じるのを避けるため、真意を告げた。
「ママがかわいそうだと思ったから」
そう言うと、ママの黒目から色が消えた。
「かわいそう?どうしてママがかわいそうなの?」
ママは少し笑ったけれど、空気に棘が生えたようになった。
「ねえモモカ、どうしてかわいそうなの?」
だって……。
私は喋った。
お夕食の残りを見つめがら。
でもどれも言葉にすることはできなくて、心の中でたくさん喋った。
恐る恐るママの目を見てみると、それは真っ赤になっていた。
ママの口元もまた、何か言いたそうに震えている。
「ごめんなさい」
やっとの思いでそう言うと、ママはドタバタと洗面所へ駆けていった。
そしてお食事中だというのにお風呂のドアを開け、シャワーの蛇口を捻った。
すると、冷たい雨のような音が家中に響き渡った。
その音はいつまでも止まなくて、いつの間にか私のシャツもビショビショになった。
私は心配になった。
そんなに水を流したら水道代が上がってしまうんじゃないかと。
でもそれを言いにいくことはできなかった。
私はただひたすらママが戻ってきてくれるのを待った。
ごめんなさいと何度も心の中で謝りながら、雨が止むのを待ち続けた。
8
私は土を戻しながらママみたいなこのお花を買いたいと思った。
だけど花は660円。
500円では足りない。
仕方がないから名前だけでも覚えておこうと名札を見ていると、
「ちょっとお姉ちゃん」
背後からオバサンの尖った声がした。
「これ売り物だからイタズラしないでくれる?」
オバサンの顔に「ごめんなさいは?」と書いてある。
だけど私は謝らない。だって悪いことはしていないから。
私は残っている土を乱暴に葉っぱに乗せ、逃げるようにスーパーの中へと走った。
(続く)
よろしければサポートをお願いします!いただいたサポートは今後の創作活動及び未来を担う子供達のために使わせていただきます。