【連載小説】シクラメンと木のオジサン vol.4
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スーパーに入ると私は迷わずお惣菜売り場に直行し、500円で買える好きなものを探した。
黒毛アンガス牛丼430円。
煮物弁当430円。
大きな唐揚げ弁当430円。
天重うどんセット430円。
洋食プレート421円。
おこわ盛り合わせ322円。
ソース焼きそば309円。
どれも買えるけど、好きなものではない。
唯一食べてみたいと思うのはお寿司。
でも1番安いので521円。
500円では買えない。
私はどれを買えばいいのかわからなくなった。
全然わからなくて、店員さんに聞きたくなった。
でも店員さんは怖い。
だから聞かない。
一番安いのはソース焼きそば。
これにすればお釣りが221円くる。
それを取っておけば次の時お寿司を買うことができる。
でもママは私にお釣りをくれるだろうか。
221円戻ってきて良かったと思うのではないだろうか。
それならそれでいい。
ママが喜んでくれるなら。
私はソース焼きそばに決めた。
レジへ行くと店員のお姉さんに「袋はどうしますか?」と聞かれて私はヒヤッとした。
持ってこなかったからだ。
レジ袋小3円、大5円。
欲しいけど、手で持って帰れなくはない。
私は首を横に振った。
「ご自由にどうぞ」のところから割り箸を取り、容器の上に載せて出口へ向かっていると「ももちゃん」と声をかけられた。
ミキちゃんだった。
正確にはミキちゃんと一緒にいるミキちゃんのお母さん。
ミキちゃんとはクラスが違うから仲良くない。
クラスが同じでもきっと仲良くはならない。
ミキちゃんが私を嫌いだから。
これは思い込みなんかじゃない。
ミキちゃんは私と手を繋ぐのを嫌がったから。
だから私もミキちゃんが嫌い。
でも家が近いから昔はよく一緒に遊んだ。
「ももちゃん、一人?」
ミキちゃんのお母さんに聞かれて、私はうんと頷いた。
「お母さんは?」
「お仕事」
「それ、今日のお夕食?」
「うん」
「一人で食べるの?」
「うん」
ミキちゃんのお母さんが顔をしかめる。
「大丈夫? 寂しくない?」
目を覗き込まれ、私は反射的に目をそらした。
「ねえママ、お菓子取れない」
ミキちゃんは溢れんばかりに食べ物の入った買い物かごを漁っている。
「ちょっと待ちなさい」
ミキちゃんのお母さんはミキちゃんを冷たい声で叱った。
と思ったら再び優しい声になって「ももちゃん、いつも一人で食べてるの?」と私に聞いた。
私は力強く首を横に振った。
「なら良かった。ももちゃん、何かあったらうちにおいで。いつでも来ていいからね」
ミキちゃんのお母さんはそう言って私の肩にそっと手を置き、「そうだ、これ食べる?」とカゴの中から一つを取った。
フルーツサンドだった。
たっぷりの生クリームにイチゴとバナナが挟まれているフルーツサンド。
「それミキのだよ」
ミキちゃんが激しく抗議する。
「もう1回買ってあげるから。ももちゃん、遠慮しないで持ってって。ね?」
ミキちゃんのお母さんがフルーツサンドを差し出してきて、ふわっとお化粧の香りがする。
私はフルーツサンドに319円というシールが貼ってあるのが見えて、どうすればいいのかわからなくなった。
お金を払わないでもくれるんだろうけど、でももらって帰ったらママはきっと嫌な顔をする。
ママは人から物をもらうのがあまり好きじゃない。
一度、同じ団地の鈴村さんが「良かったら使って」と、鈴村さんちのお姉さん用に買った靴をうちに持ってきたことがあった。サイズが合わなかったから、と。
その時、私の靴は爪先のところの靴底が剥がれてパカパカしてしまっていたので、私は「ヤッター!」と思った。
でもママは「うちには必要ありません」と断ってすぐにドアを閉めた。
「まったく」
ママは腰に手を当てて言った。
「ももか、人から物をもらったらダメよ。恵んでもらわなくったってうちは十分やっていけるんだから」
「ももちゃん、どうぞ」
ミキちゃんのお母さんが、焼きそばの上にフルーツサンドを乗せる。
フルーツサンドはずしりと重かった。
319円。
買ったという嘘はつけない。
なら外で食べてしまえばいいのだろうか。
でもそれってママを裏切ることになる。
ママは私のために今も一生懸命働いてくれているのに。
それに私だけがこんな贅沢なものを食べていいわけがない。
食べるならママと食べたい。
ママと美味しいねって一緒に食べたい。
「ももちゃん、遠慮しなくていいのよ」
ミキちゃんのお母さんに再び肩を触られ、脳みそがキューッとなる。
私はどうすればいいのかわからなくなって、フルーツサンドを投げた。
ミキちゃんのお母さんの陶器のような顔に向かって、思い切り投げつけた。
(続く)
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