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ファンタジー小説「W.I.A.」2-2ー②

 大きな難所も超え、新たな脅威の出現に、一行は隊列を変更した。
 先頭はアルル、ガルダン、エアリアとマールが毛長牛を引いて中列を進み、後衛にカイルとクロエが付く。
 
 慎重に尾根を登り切ると、下った先が目的地周辺となるはずなのだが、そこには、深い霧が立ち込めているのがはっきりと見えた。
 
 「このままあの霧に突っ込むのは、危険すぎるわ。」
 
 「・・・そうね。幸い、ここなら見通しもいいし、風が霧を運ぶまで、少し休みましょう。」
 
 アルルの懸念にクロエも賛成し、一行は、ここにキャンプを張ることに決めた。テントを設営し、交代で温かい食事を摂る。見張りは常時2名。主に、尾根の上と下を見張る。
 
 「そうだ、アルル、これを渡しておくわ。」
 
 そう言って、クロエがアルルに小さな水晶玉を手渡す。
 
 「これは?」

 「んー、名前はないんだけど・・・簡単に言うと、『魔力の素』ってところかな。アイルの結晶みたいな。これを握りながら魔法を使うと、負担が減るの。」

 「そんな便利な物・・・。そもそも、アイルをどうやって・・・。」

 「細かいことは、今度ゆっくり説明する! まずは、試してみて!」
 
 クロエはそう言うと、テントに入ってしまった。アルルはしばらく掌で水晶玉を転がしてみたが、ただの水晶玉としか思えない。やがてアルルは水晶玉をポーチにしまい、見張りに戻った。
 昼を過ぎても、眼下に広がる霧は晴れる気配がない。一行がいる地点では、確かに風は吹いているのだが、霧の中は窪地になっていて、風が通らないのかも知れなかった。
 
 「なかなか霧が晴れないね・・・。」

 「そうだね。・・・これは、もしかしてこのままここで野営になるのかな?」

 「うーん・・・クロエがどう判断するか、だけど・・・。」
 
 この時間の見張りは、カイルとマールが担当していた。今のところ、異常の気配はない。マールは見張りをしながら、カイルの手ほどきを受け、付近の手頃な石を見つけては、スリングスタッフで投擲の練習を繰り返していた。距離はまずまず出るようになってきたが、狙ったところに石をぶつけられるのは、5回に1回、というところだった。
 

 「なかなか、難しいね。」

 「杖を返すタイミングが大切なんだ。一番勢いのあるところで、こう・・・クイッと。」
 
カイルの説明は感覚的に過ぎて、マールにはなかなか馴染めないものだった。せめて、具体的な数字を示してくれれば、それに合わせて動きを調節することができるのだが。マールは再び石を掴み上げると、スタッフの先端に取り付けられた革のスリングに石を挟み、頭上でスタッフを振った。途端にバランスを崩したマールは、悲鳴と共に尾根に倒れてしまう。

「どうしたの!」

途端にテントからクロエを始め、全員が外に出て来て、左右に首を巡らせ警戒する。驚いたカイルの顔と、照れ笑いするマールの顔を見て、それぞれが「なんだ・・・」と言うように溜息を吐いた。

 「もう・・・驚かせないでよ!」

 「大丈夫ですか、マール?」

 同じ女性なのに、クロエとエアリアでは、反応の仕方がまるで違う。口に出したら、「カイルとマールだって全く違うじゃない」などとアルルに皮肉を言われるに決まってるから、心で思うに留めておく。せめて、逆だったら良かったのにな、と思いながら、マールを腰を上げた。

 「・・・それにしても・・・動かないわね・・・。」

 「ねえ、クロエ・・・少し、おかしいと思わない? これだけ空気の動きがあって、どうしてあそこだけ全く動かないのかしら? それに、大きくなる様子も、小さくなる様子もない。あそこだけ時間が止まってしまってるみたい・・・。」

 「・・・時間・・・! もしかして・・・ねぇ、アルル。シルフでもシルフィードでもいいから、あの霧に風で穴を開けてみて。」

 うなずいたアルルが、人差し指と小指を伸ばした右手を挙げ、何かをつぶやいた。すぐに指の先に小さなつむじ風が現れる。アルルが指を振ると、つむじ風は勢いよく霧に向かっていった。地面の草花や土煙で、つむじ風が霧に到達したのを確認したが、霧は微動だにしなかった。

 クロエとアルルは顔を見合わせ、アルルはもう一度、同じ動作を繰り返した。今度は先ほどより少し大きなつむじ風で、勢いも進む速度も速かったが、やはり霧には何の変化も見られない。

 「どういう、ことでしょう?」

 エアリアが一歩進み、クロエとアルルに問い掛ける。

 「・・・まず、確実に言えるのは、あれが自然にできた霧ではない、ということ。・・・つまり、何らかの魔法で、という可能性が高いと思う・・・。」

 クロエはそこで語を切り、少し考える仕草を見せてから、語を継いだ。

 「もしかしたら、あの霧の中にこそ、目的の場所があるんじゃないかしら?」

 そう切り出したクロエは、自分の考察を述べ始めた。それによれば、こんな僻地で、あれだけの霧を発生させる術者がいるのなら、必ず誰かの噂になるはずだが『仙女』以外でそんな話は耳にしたことはないこと、今まで『仙女』に遭遇した者は、遭難などの理由で偶然そうなっただけで、こちらから見つけようとして見つけ出した者はいないこと、そして、サスカッチの出現と、その行動・・・。

 「考えてみて。サスカッチが突然現れて、何をするでもなく消えていった。その方向に霧が発生している。まともな考えを持っていたら、わざわざあそこを目指そうと思う? 自ら死地に飛び込むようなものだ、と考えるのが普通じゃない?」

 「うむ。それはそうだろうな。現に我々でさえ、霧が晴れるのを期待して、ここにこうしておるわけだからの。」

 「つまり、サスカッチは『見られる』ためにだけ、出てきた、ということ?」

 「そう考えた方が、自然じゃないかしら。ただの霧だけなら、私たちだってここで立ち止まってはいないでしょ?」
 
 最後にそう言って、クロエは一同を見渡した。反証を述べられる者は誰もいない。

 「後は、どれだけ『仙女』を見つけたいか、どうか、ね。霧の中でサスカッチに襲われたら、まず、全員が無事では済まない。その可能性を、つまりは命を懸けてまで、『仙女』に会いたいか、どうか・・・。」

 クロエがエアリアを見た。エアリアと知り合って日が浅いクロエには分からなかっただろうが、こういう局面でのエアリアの回答は一つしかない。

 「いえ。そこまでの危険は冒せません。」

 きっぱりと、言い放つ。この返答に、尋ねた本人のクロエが逆に驚いていたが、マールを始め、他の一行は、エアリアならそう言うだろうと思っていたので、まったく驚かなかった。

 「え? いいの? ここまで来て?」

 「はい。確実な情報ということなら、私一人ででも向かったことでしょうが、不確実な上に危険しかない場所に自ら、加えて、みんなの命まで『賭けられる』わけがありません。」

 「でも、今行かないと、次はないかも知れないのよ? 今後一生、こんなチャンスはないかも・・・。」

 「もし、そうなら、それがエーテルの御意思、ということでしょう・・・。」

 今では問い掛けた側のクロエが、むしろ「行くべきだ」と暗に促しているような状態になり、クロエがアルルやガルダンに助けを求める視線を送ることになってしまった。

 「エアリア。幸いなことに、我々には3人の、しかも、3系統の『守り』の魔法を使える術者がいます。三重の守りの魔法は、いかにサスカッチといえども、簡単には破れないでしょう。ガルダンもカイルも歴戦の戦士。加えて、マールの炸裂炎上弾もあります。危険とは言え、無謀な賭けとはならないと思います。私は、進むことを提案します。」

 「儂も、アルルに賛成じゃ。サスカッチだかなんだか知らんが、儂とカイルで当たるなら、決してヒケはとらんわい! なあ、カイル?」

 「もちろんさ! 魔法の援護と、マールの炎上弾だってあるんだ。ここまで来たんだし、行くべきだよ。」
 
 各々が意見を述べ、エアリアも少し態度を軟化させたように感じられた。表情に迷っている様子が窺える。それと見て、悲しげな顔で俯いているエアリア以外の全員が、一斉にマールを見た。

『え! また僕?』

 口には出さず、目と表情で訴える。果たして全員が、イラついたような顔で、小さく、だが強く、うなずいた。なぜか、クロエまで。

 「そ、そうだよ、エアリア! 炸裂炎上弾は、まだ4つ残ってる。それに、飛翔閃光弾だって! こんなところに住んでるなら、火と光には弱いはずだ。も、もしサスカッチが襲ってきても、一撃さ!」

 エアリアが顔を上げ、一瞬だが、パッと顔を輝かせた。

 「・・・そうかも・・・知れませんね・・・。私は、もっと皆さんを信じるべき、なのかも・・・。」

 ここぞとばかりに、全員が口々に賛同を示した。
 ようやくに、エアリアが進むことを承知した時、全員がエアリアに知られないように安堵の溜息を吐いた。

 そうと決まれば、ぐずぐずしている時間はない。日が暮れる前に、勝負を決めてしまわなければならない。それに、エアリアの気が変わる前に。一行はすぐに撤収し、計画を練った。

 結果、守りの魔法はエアリア一人に委ねられ、アルルが周囲にシルフを飛ばし警戒に当たり、クロエは有事に備える。神語魔法の『守り』の言葉は、3系統の中で一番強力であり、物理、魔法、両面の守りが可能だ。だが、エアリアの呪いの問題もあるため、毛長牛の荷物を一頭にまとめ、エアリアを空いた毛長牛の背中に乗せる。その毛長牛はマールが引き、荷物を載せた毛長牛をロープで繋いだ。

 先頭にガルダンとアルルが左右に広がり、毛長牛の右にマール、左にクロエ。そして後ろをカイルが守るという、エアリアを乗せた毛長牛を中心に、円陣が組まれた格好だった。エアリアの守りの言葉は、エアリアの頭上を頂点にして、半球状に囲む淡い光の壁となるため、全員がその壁の内側を進むことになる。


「W.I.A.」
第2章 第2話 ②
了。



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