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ファンタジー小説「W.I.A.」2-1

  第2章 第1話
 
 ノストールでは、酒場でさえも静かで、規律と調和に満ちた空気が漂っている。どこからか、夕方の祈りを捧げる詠唱の声が聞こえてくる。そんな中で酒を飲むとは、なんだかおかしな気がしたが、周囲の席で酒や食事を楽しんでいる他の客は、一向に気にしていないようだった。
 
 「・・・それで・・・兄の依頼を受けて、はるばるノストールまで来たってわけね?」
 
 クロエは、グイグイとエールを煽りながら、不満そうな顔をして一行を見回した。
 
 「ええ。そろそろ今年の仕込みが本格的に始まるので、戻って手伝ってもらいたい、と。それに、何か他の事業も始められるご様子でしたよ。」
 
「冗談でしょ! 私はこう見えて、第四階層の魔術までの習得を終えているのよ? 秋には第五階層への昇格考査も控えてるって言うのに、今更ワイン造り?」
 
 「第四階層まで? もう立派に魔術師じゃない! 導師になっていてもおかしくないのに、どうして冒険者ギルドの依頼なんか・・・。」
 
 アルルが驚いた声を上げた。クロエの修める操気魔術は、第七階層まで存在する。そこまで到達した魔術師は、この300年間での全てを併せても、20人を超えていないはずだった。ハイペルの魔術学院では、第三階層を修めれば『導師』となって弟子を取ることが許されている。冒険者として旅に出る魔術師は、第二階層までの「魔術使い」が一般的で、第三階層を超えた「魔術師」には有力な後ろ盾が付き、自分の塔を立てて研究三昧の生活を送るのだ。それはすなわち、ハイペル魔術学院が「マスターレベル」と認めた、ということだ。クロエはその上の、第四階層を修め、さらに近日中に第五階層への昇格も目前ということは、かなり熟達の『魔術師』と言える。そんな人間が、一人で冒険者ギルドの依頼を受けている、などとは、普通には考えられないことだった。
 
 「別に深い理由なんかない。ただ、私は魔術を「使う」のが好きなの。勉強や研究が好きなわけじゃない。と言っても、いつでもどこでも魔術を使えるわけじゃないし・・・。ああいう泥棒とか、魔物退治とかなら、思い切り魔術を使えるじゃない? それだけ。」 
 
 「・・・いやはや! これまたぶっ飛んだお嬢さんだな! だが、儂は気に入った! 太っ腹なところも、その飲みっぷりもな!」
 
 ガルダンはそう言うと、クロエと本日何度目かの乾杯をして、ジョッキを打ち合わせた。
 
 「・・・では、戻る気はない、ということですね?」

 「申し訳ないけど、そうね。受け取りのサインはするから、その手紙は持って帰って。全額は難しいかも知れないけど、きちんと報酬を払うように書き添えておくから。」

 「マダム・ピプローが、ご心配の様子でしたけど・・・。」

 「ああ、お継母様にも会ったのね? どういう印象を受けたか知らないけど、あの人は私以上の遣り手だから、大丈夫。」

 「と言うと?」

 「あの人、若い頃はハイペルの外交使節だったのよ。ハイペルが今の体制を整えた後も、各地には地方豪族がまだたくさんいて、時に戦争も辞さない態度でハイペルに反抗していた時代にね。軍を率いて外交交渉に及んだこともあるそうよ? それと、お継母様に会ったのなら、フィリーにも会ってるわよね? あのおじさん、ハイペル五剣星の一人なの。知ってた?」

 「・・・いえ・・・それは、存じ上げませんでした・・・。」

 「でしょ? 自分の手の内は明かさず、自分の目的を果たそうとする・・・。いかにも政治家の考えそうなことじゃない? だから、大丈夫よ。あの人がいれば、兄もシャトーも安泰ってこと。私の出る幕なんか、元々ないの。」
 
 そう言って、クロエは少し悲しそうな顔をした。そこには、他人の立ち入れない複雑な事情と思惑が絡んでいるに違いない。エアリアは、クロエを連れ帰るのを諦めることにした。無理に連れ帰ったところで、いい結果になるとは、とても思えなかった。少なくても、今は。
 
 「・・・ところで、クロエはノストールの近くに、エーテルの神官がいるという話を聞いたことはありませんか? 私たちの、もう一つの旅の目的なんですが・・・。」

 「エーテルの、神官? まさか! あれはハイペル成立前の話でしょ? とっくに滅んで、今はおとぎ話の存在じゃない!」
 
  クロエはそう言って、声を出して笑った。ひとしきり笑った後で、一行が誰一人笑っていないのに気が付いた。
 
 「え・・・? 本気で、探してるの・・・?」
 
「ええ。実は、私はエーテルの神官なのです。この話は、エルフの古老に伺ったお話です。」
 
 そう言って、エアリアはアルルが制するのも聞かず、マールに語って聞かせたのと同じ話をクロエに聞かせた。最初は本気にしていなかったクロエも、徐々に話に引き込まれ、最後の方はかなり真剣に聞き耳を立てていた。
 
 「・・・驚いた・・・。じゃあ、あなた、実は400歳を超えて生きてるってことよね・・・?」  「そうなりますね。」
 
 「すごい・・・すごいわ! そういうことなら、私もとっておきを出す!」
 
 そう言うと、クロエは身を乗り出して話を始めた。
 
 クロエによれば、トルナヤの中腹に地元民に「傷跡」と呼ばれる大きな裂け目があるという。その近くに、「仙女」と呼ばれている人物が住んでいるらしい。常に深い霧に包まれ、激しい風が吹きすさび、行く者を阻む、自然の要害であるらしい。雪の精霊サスカッチがたびたび目撃されることもあり、近付く者はいない、隔絶された地だった。この話は、たまたま遭難した罠猟師が、その仙女に命を救われ、途中までサスカッチの背に乗ってノストールに生還した、という話が元になっている。最初は誰も本気にせず、寒さと飢えで夢でも見たのだろう、という笑い話になっていたが、それから数年後、今度は聖地巡礼に出た神官5名が同じように遭難し、同じように生還したことにより、一気に信憑性を増したと言う。


 「それから何度か、その時生還した6人の話を元にして、捜索の部隊が出されたけど、全部空振りに終わった。教会も冒険者ギルドも躍起になって探したけど、結局手掛かりらしい手掛かりすら得られなかったの。」

 「その仙女が、あるいはエーテルの神官ではないか、と?」

 「ええ。話を聞いて、真っ先に思いついたのは、この話だった。逆に言えば、これ以外で結びつくような情報は、何もないわね。」
 
 クロエはそう言うと、ノストールの公文書館にその時の記録があるはずだから、明日一緒に行ってみよう、と提案をしてきた。すでに夜も更けており、宿に残したカイルのことも気に掛かった一行は、クロエの提案を受け入れ、酒場を後にした。
 
 宿に戻ると、ナーイアスの看護を受けたカイルが、一行を出迎えた。体調はもう大丈夫だと言い、ミルク粥を2杯も食べたという。クロエの話を聞いたカイルは、その偶然に驚き、感心していた。
 
 「マールが加わってから、俺たちすごく順調だよね。だから、たぶん今度も大丈夫だよ。きっとその仙女が、エーテルの神官だよ!」
 
 カイルはそう言って、エアリアを微笑ませた。カイルの意見は、人を笑顔にする効果がある。その素直で疑うことを知らない純な心根が、人を自然と笑顔にするのだ。
 
 「儂は、アルルの慧眼にも恐れ入っておる。さすがはドワーフの儂を受け入れる度量を持ったエルフだけのことはある。」

 「別に、受け入れてはいないわよ? お酒臭いドワーフは、特にね!」
 
 アルルの毒舌に、ガルダンは豪快な笑いで答えた。確かにガルダンは、少し飲み過ぎのようだった。ドワーフだけあって、酔ったような素振りは微塵も見せないが、その体から臭う、饐えたような臭いは、アルルでなくても顔を背けたくなる。
 
 今日も、一日の締めくくりは一同の笑顔だった。カイルではないが、確かにいい流れがきているような気がして、マールも自然と顔を綻ばせた。


「W.I.A.」
第2章 第1話 
了。



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