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小説「W.I.A.」2-7-②

 ガルダンもカイルも、笑顔でクロエを迎えた。何と言っても、その魔術の力には、誰もが度肝を抜かれたと言っていい。

 「おお! 我らが魔術師のお出ましじゃな!」

 「クロエ! もう起きて大丈夫なのかい?」

 「あら! ご心配をどうも。おかげさまで、私は大丈夫よ! そっちは? 
全然休んでないんじゃないの?」

 「俺たちなら、大丈夫だよ。普段から外での生活には慣れてるしね。しっかり休めてるから!」
 
 カイルがそう言って、テントを指し示す。敷物と毛布が乱雑に置かれているのを見て、クロエは軽く顔を顰めた。

 「・・・あんまり居心地が良さそうには見えないけど。」

 「ああ、いつもならアルルやエアリアがきれいにしてくれるんだけど・・・。」

 カイルが慌てたように毛布を畳みだす。

 「アルルの具合は、どうじゃ?」
 
 ガルダンも慌てたように、話題を変えた。

 「ええ、今朝は起き上がってスープを飲めるまでに回復したわよ。傷もすっかり塞がったし、『悪い傷』にはなってない。」

 「・・・そうか・・・傷跡は・・・残りそうかの?」

 「そうね・・・結構、深いみたいだし・・・。」

 「・・・。」

 ガルダンは、アルルの綺麗な顔に傷がついたのがショックだったようだ。普段はいがみ合っているようで、実はガルダンとアルルはお互いを認め合い、種族を超えて尊敬しあっている様子が窺える。エアリアやカイルに対してもそうだが、ガルダンはアルルを自分の娘か何かだと思っているのかも知れない。

 傷は、たとえ小さなものでも、どす黒くなったり、傷口が膿んだりすると危険だった。そういう傷を「悪い傷」と言って、誰もがそうならないように気を付ける。実際、マールの隣に住んでいた気のいい女性も、ちょっと包丁で指を切っただけなのに、10日も経たずに亡くなってしまったことがある。この季節には、特に気を付けなければならないのだ。

 それから、お茶と果物で食事を摂り、ニノが現れたことで、カイナとジョウが山へ帰って行った。これから、見張りは昼の体制となる。クロエが加わったことで、ガルダンとマールがテントでしばらく休むことになった。今夜に備えて、足りない睡眠を補っておかなければ
ならない。

 マールはテントで横になり、先ほどのクロエの話を考えていた。もしクロエの言った通りにするとしたら、クロエはどうするんだろうか? 一緒にシャトーへ帰ると言っていたが、第五階層の考査もあるのだから、またノストールに戻ってしまうのかも知れない。それとも、しばらく一緒にいることになるのだろうか? それなら、それこそ願ったり叶ったりだな、などと夢想しているうちに、マールは眠りに引きずり込まれた。

 どれくらい、眠っていたのだろう。マールは自然に目が覚めると、太陽の位置を確認した。太陽はすでに中天に昇っており、ある程度まとまった睡眠が取れたことに満足した。隣では、ガルダンがまだ高いびきをかいて眠っていて、その先の岩陰で、ニノもいびきをかいていた。
 
 二人を起こさないように気を付けながらテントの外に出ると、少し先の岩に、並んで腰かけたカイルとクロエが、笑いながら楽しげに会話している様子が見えた。

 『そりゃ、そうだよな』

 眠る前に思い描いた甘い夢想など、起こるはずもない。マールとクロエでは、そもそものつり合いが取れない。家柄の歴史だけなら引けは取らないかも知れないが、かたや片田舎で没落し、かたやハイペルで飛ぶ鳥を落とす勢いなのだから、比べたところで物笑いの種にされるだけだ。立場上も、新進気鋭の魔術師のホープと、名ばかりの発明家。それに、身長だってクロエの方が高い。

 その点、カイルとクロエならお似合いだ。戦士と魔術師なんて、お話によくある組み合わせじゃないか。それに、見た目もお似合いだ。そんな二人のやり取りを見ながら、マールはちょっとだけ心が痛んだ。
 
 「あら! 目が覚めたのね!」

 そんなマールの気持ちを知ってか知らずか、クロエはにこやかにマールに話し掛けた。カイルがもう少し寝ていてもいいのに、と気を遣ってくれたが、もう十分に休んだから、と告げて、見張りを交代することにした。
 
 カイルがテントに向かうと、クロエがコーヒーを注いだカップを渡してくれた。

 「あ、ありがとう。」

 「ゆっくり休めた?」

 「うん、おかげさまでね。」

 そんな会話をしながら、二人は自然と並んで座ることになった。敷物に座ろうとすれば、意識しなくてもそうなるのだ。カイルとクロエがどうの、というわけではなかったようで、マールは自分の低俗な考えを恥じ、同時に何か心が弾むのを感じた。話は、主にマールの今までの発明のことだった。発明の話となると、元々饒舌になるマールだったが、クロエが相手だと、話がいつも以上に熱を帯びた。

 あっという間に時間が過ぎ、陽が傾き、夕方の風が山から吹き下ろす頃に、ガルダンがようやく起きてきた。すでにサスカッチ達の交代は終わっていて、カイナとジョウが転げ回りながらじゃれ合っていた。

 「すまんな、寝過ごしてしもうた!」
 
 「大丈夫だよ。クロエを送りながら、アルルの様子を見て来てよ。」

 「む。そりゃ、構わんが・・・。」

 「カイナもジョウもいるし、カイルもすぐ近くにいるし、こっちはしばらく大丈夫。アルルも会いたがっていると思うし。それに、お酒も取ってこないとね。」
 
 「おお、そうじゃの! それなら、そうさせてもらうとするか!」

 アルルのことだけなら、ガルダンはおそらく行き渋ったに違いない。だが、人一倍アルルが心配なはずのガルダンは、アルルが崩落に巻き込まれてから、アルルとまともに話をしていないのだ。状況が落ち着いている今、その時間を取ってもいいはずなのだが、何となく気恥ずかしくて言い出せないでいたのだろう。クロエを送ることと酒。これを絡めて、ようやく正当な理由ができた、と言わんばかりのガルダンは、誰が見てもわかるほど、機嫌が良くなったようだった。

 足取りも軽く、ガルダンとクロエが山を下っていった。マールはその後ろ姿を見送ると、製作中の弓をもう一度見返した。あの崩落で、アルルの弓は壊れてしまった。そこで、マールはアルルのために新しい弓を作ることにしたのだ。

 残念ながら、ここでは弓に適したしなりの強い柔らかい木が手に入らない。そのため、マールはニノに頼んで、カイナとジョウに複数の木材を手に入れて来てもらったのだ。先ほどその木が手に入り、マールはその中から手頃な木を削り、組み合わせて、今までアルルが使っていた物より一回り小さい弓の原型を拵えた。

 自分の盾を改良するつもりで準備していた鉄線を寄り合わせ、弓の弦にし、薄い鉄板を重ねて、本体の補強にする。滑車の技術を使い、アルルの力でも引ける、強力な弓を作るのが目標だった。問題は、重さだった。だからマールは弓を小型にし、全体の重さを抑えることにしたのだ。
 
 組み合わせた弓を引いてみる。弓の部分があまりしならないため、以前ほど後ろまで弦を引くことはできないが、木よりも戻る力の強い金属を使っているので、手を離すと、力強い音で弦がもどって震えた。アルルには、もう少し弦が引けて、軽い力で引ける方がいいような気がしたので、滑車を調整して弦の「引きしろ」を伸ばした。もう一度試すと、今度はいい感じだ。後は、アルルに試してもらいながら調整しよう。

 小屋から、ガルダンが大きな袋を手に戻って来るのが見えた。遠目にも明るい表情をしているので、アルルの具合が良くなってきているに違いない。そこで、マールはこの弓に、ガルダンの手でアルルにふさわしい模様を細工してもらおう、と思いついた。

 戻って来たガルダンに弓を見せ、試しに引いてもらう。ガルダンの力だと、弦は軽々と目いっぱいまで引き絞られる。だが、つなぎ目の部分はビクともしなかった。力の掛かる方向に強くなるように、組み継ぎと留継ぎに工夫した甲斐があった。

 「おお・・・、どれ・・・。」

 そういうと、ガルダンは同じようにマールが削って作った矢を手にした。試しに真っ直ぐに削っただけの矢で、矢じりは鉄の錘で、矢羽根もついていないものだったが、ガルダンが引き絞って矢を放つと、恐ろしい速度で30m程先の岩にぶつかり、岩のその部分が破裂したように割れた。

 「こりゃ、良い弓じゃな!」

 「ほんと? アルルにどうかな、と思って。それで、これに素敵な模様を細工してもらえないかな?」

 「おお! そりゃいいな! よし、請け合った。」

 そういうと、ガルダンは早速自分の荷物の中から、細工用の工具を取り出した。全て金属製で、様々な角度、大きさのナイフ、鋭く尖った、太さの違う錐のようなものなど、十数本の工具が、巻物のような布に納められていた。すべての工具が、布の小さなポケットに一つずつ、きれいに納まっていた。もちろん錆など浮いておらず、いかにも熟練の職人らしい道具の扱い方に、マールは感動すら覚えた。

 それに比べると、自分の道具の扱い方が、いかに粗雑なことか。

 「この道具も、すごいね・・・。完璧に手入れされてる。」

 「お、さすがにわかるか? この入れ物はな、儂が妻の手作りで、道具ごとに大きさ変えて作られておるんじゃ。場所が決まっとるから、見ないでも欲しい道具が取り出せる。なかなかのもんじゃろ?」

 「うん、すごいよ。ガルダン、奥さんに愛されてるんだね!」

 「はっはっは! そうだと良いが、久しく顔も見ておらん。もはや、儂の顔など忘れておる頃だろうよ!」
 
 そう言いながら、ガルダンは腰を下ろすと、弓を腿の上に横に置き、細い錐のような道具で迷いなく薄い線を描いていった。木材が細く長い線になって足下に落ちていく。

 マールは、ガルダンの集中を削がないように、ゆっくりとそこから立ち去った。肝心の、アルルの具合を聞くのを忘れたが、ガルダンがあの調子なら、大丈夫に決まっていた。

 焚火に戻り、夕食の準備を始める。今日は差し入れがなかったので、干し肉と豆のスープだ。それに、ガルダンが小屋から持ってきたチーズと果物。

 やがて夜の帳が降り、夜空には満点の星が輝いた。起き出したカイルが、あくびをしながら焚火に来たが、ガルダンは細工に夢中になっていた。こういう時、夜目が利くというのは至極便利なものだ。マールでは、そうはいかない。

 こうして、その夜も何事も起こらずに更けていき、やがて東の空から明るい陽射しが差し込んできた。エアリアの儀式が終わるまで、あと一晩になった。

     ※           ※

 大蝋燭が元の形を完全に無くし、もはや溶けたチーズの固まりのようになっていた。灯は赤々と燃え続けていたが、その残り時間は刻々と失われていく。

 エアリアは、まだ『言葉』を見出せないでいた。だが、ぼんやりと何かが形になりつつあるような予感は、確かにある。灯りが消えた時、それが形を成すかどうかは分からないが、迷っている時間はない。ひたすらに、ただひたすらに聖典を読み込むのみだ。


「W.I.A.」
第2章 第7話 ②
了。



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