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乙川優三郎「潜熱」

乙川優三郎「潜熱」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓

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 田舎の畳屋の息子である相良梁児は、俳優を志す大場喜久男と、アメリカンなレストラン「プラザ」で将来の夢を語り合った。二人は前後して信州の片田舎から東京に飛び出して、寺の僧侶の息子である保科正道の下宿に転がり込んだ。三人は学生ならではの放埒な共同生活を過ごす。やがて保科は学生生活の終わりとともに郷里に帰り、寺を継いだ。相良は小さな広告会社に職を得て、コピーライターとしての実績を地道に積んでいった。大場はハッタリをかませて有名劇団に受かって、個性派悪役としてのし上がってゆく。大庭の恋人である舞台女優・宇田川陽子は地味ながら知性的で美しく、相良も彼女に惹かれた。コピーライトの仕事に物足りなさを感じた相良は、作詞の仕事に転身して言葉を紡ぐ世界に没頭する。そんな中でロッティ小野田というハーフの女性歌手と家庭を構えて、ジェインゆかりという娘をも得た。成功してゆく過程で、相良と大庭は次第に生活も派手になってゆく。加齢とともに限界を感じた二人は、相良は小説家の道を、大庭は県知事選に打って出る。

 コツコツ派で物事をトコトンまで突き詰めてゆく芸術肌の相良と、出たとこ勝負の度胸で生き抜く大庭が、田舎の沈滞を嫌って都会に打って出る「青春の門」。対抗軸である郷里や安定を求めず、がむしゃらに夢と成功を追う二人。その姿に、誰もが『俺だって!』と自分の中に抱いていた野心や冒険心が熱く蘇ってくるだろう。その見返りには、進退窮する挫折や家庭の崩壊が待っていた。歓喜の後に失望が、満ち潮の後の引き潮がやってくる。歳を取ると悲しいことだけが増えてゆく。そんなことも誰もが経験していることのはずだ。しかし晩年にも、自らの最善を尽くす二人。そのあがきを寄り添い見つめる女。突き放しつつも、労りの心は忘れない女。彼らの大河小説は死ぬまでまだ続いている。


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