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Hello, Beautiful World.

私は自分をさして美人だとも思っていないし、それほど醜いとも「今は」思っていない。基本的には「そんなことはどうでもいい」「どんなに美人でも惚れた男がこっちを向いてくれないなら何の意味もない」と思っていて、さほど興味もない。

だから新鮮だった。

何もかも手に入れたはずの姉が
「可哀想な子」であったはずの妹に
こんなに激しい嫉妬をみせたのが。

私は一番はじめの子でもなければ、待望の男の子でもなかった。
姉のように開学以来の秀才でもなければ、弟のようにインターハイ選手でもなかった。

そもそも精神を深く病んでいて家族とですら人間関係を築くことができなかったし、子供の頃はまだ顔も整わず、すれ違っただけで同級生にブス!と罵られるほど。
父は私を哀れんでくれたが、その父も私の卑屈が癪に触れば鬼になる。
身を守る術などまだ知らない。踏まれ蹴られながら、遠くリビングに見た姉は、一度もこちらを見なかった。

才能がないのも、病も、醜さも、それらがもたらす卑屈も、すべて私のせいではなかった。しかしその事実はひとの哀れみや憎しみを買いこそすれ、現実の私を救いはしなかった。それはなんの役にも立たなかった。

そうして幼い私は理解した。
どれほど私が苦しんでも、助けてくれる人も仏もこの世にないのだと。何もあてにせず、期待もせずに生き、誰に負うところもなくただ自立することだけを望んだ。どんな報復もしない、この悲しみは私で終わらせる。そう誓ってもなお、自分の中に渦巻き続ける、憎しみと狂気に常に蝕まれながら、意志だけを誇りにこの人生を耐え抜いた。

そうして私たちは大人になり、父母も老いた。

姉は一流大学を卒業し、一流企業に就職し、玉の輿に乗って、女の子を授かった。
私はそこそこの学校を卒業したり退学したりし、唯一採用された職場であたふたとしている。

そんな、人生に学歴やテストの点が関係なくなった頃。
祖父母が立て続けに亡くなり、通夜や葬儀、満中陰などで、我々姉妹が親族や人前に出る機会が多くなった時期があった。
後になって父から聞いたが、どうも「(姉より)妹の方が美人」と評判になっていたらしい。「老人は暇だから」「お世辞の一つや二つ」「姉と比べて不出来な妹を哀れんだのよ」と父に感想を伝えた。
ついこの間あった昔まで、ブスと罵っていたくせに世間は勝手なもんだなと、冷たくサラサラした絶望を覚えただけで、以来そんなことはすぐに忘れてしまった。

それからしばらくして、姉が二人目の子の出産のために実家に帰っていたときに、祖父の一周忌の法事があった。
親戚が、また私の話をして帰ったらしい。法事の後片付けをしながら、母が「小顔が羨ましいってさ」と話の内容を伝えた。
またばかなことを、と法事の後のお茶菓子程度に聞いていたら、隣でお茶を飲んでいた姉が、「あんたなんか小顔でも美人でもない」と突然私を非難しはじめたのである。

何が気に食わないのだろう。結婚もしていて、恋愛市場で戦う必要ももうない。一生困らないだけのお金があり、可愛い子供も授かり、それでも人並み以上の容姿もある。いわゆる「勝ち組」の姉である。私など生まれた時からから負けている。妬みの対象にすらならない。それに姉と私には年の差があり、私の方が美人と言われても若い分、ある意味当然でもあるのに 。

弟が男前だと言われれば喜ぶが、妹が美人だと褒めそやされると怒り出す。

単に女同士だからそんなもの、なのか、母親になったからとて、「女」として認められたい承認欲求があるのか。それとも私にはずっと惨めなままでいて欲しかったのか。

いずれにせよこんなに激しく嫉妬される日が来るとは思っても見なかった。

4月8日、花祭り。
姉の生んだ子は女の子だった。年子の姉妹になった。上の子は日に日に、姉の幼い頃に恐ろしいほど似てくる。生まれたての孫を抱いた母は「この子の方が美人になる」と姉のいない所で私に言った。
おでこの広さと、きゅっとした面長が私の生まれたときと同じだそうだ。

罪のない、姪たちを見つめ、そして深く目を閉じる。
女に生まれたというだけで美醜の問題からは本当に生まれた瞬間から逃れられないのかと思うと、ブスも美人も味わった私は悲しくなり、そして末恐ろしくなった。

これは業だ。とても深く、激しく、悲しい女の業。

哀れな妹すら、憎まずにはおれぬほどの。

年のほとんど変わらぬ二人は、きっと比較にさらされながら育つのだろう。
せめて、優劣がはっきりとついてしまえばいい。劣った方は、勝とうとも勝てるとも思わず他に自分にできることを探せばいい。優れた方は、代わりに周囲の期待に応えればいい。将来、予期せず下剋上があったとしても、家族として祝福できるように。

美しくなりたい、美しいといわれたい、それで愛されたい、賞賛されたい、欲情されたいという、愚かな女の業が溢れる全く美しくない世界へ、君たちは生まれてきた。

きっと誰も助けてはくれないだろう、対岸の美しさを羨む日も来るだろう。
でもその本質は、美醜にあるのではないということに、いつか君たちは気がついてくれるだろうか。

ふと見せた姉の深い嫉妬、今は無邪気な姪たちに、そんなことを思う。

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でもそんな気持ちを誰にも言えない、私です。