都会か田舎かではなく、考えたいのは街

もし子供を育てるとしたら都会と田舎どっちがいいんだろうね。

と妻がポツリと言った。どうやら仲の良い夫婦友達とそんな話をしてきたらしい。

これは難しい問題だ。僕は正直どっちがいいのかよく分からない。

僕は大学に入るまでインターネットもPCもなく、電車もコンビニもない地域で育った。だから東京に出てきて文化の最前線で育ってきた人たちとの情報格差に愕然とした。なんでもっと若いうちからこの選択肢を知っておけなかったんだろうという悔しさがたくさんある。

だから上京したての頃は、子育ては絶対東京でやると考えていた。親のいないところでも文化や情報に自分から触れられる環境を作りたいと思ってきた。でもインターネットが進化したし、文化の芽が地方からも生まれつつある。東京にいなければ情報が取れないということがなくなってきた。だから当時の想いは揺らぎ始めている。

一方で田舎はどうか。軒並みな回答になるが、いろんな生物がすごくすごく身近に感じられるのは大きいなと思う。

今朝、実家の裏庭にある畑をぶらぶらとしていて、かぼちゃの葉っぱに小さい緑色の虫がついているのを見つけた。じっと眺めていると、もぞもぞと動き出して小さい体でまた葉っぱを食べ始めて、なんだか微笑ましかった。

なかなか東京にいると、虫がいてもそんなモードに切り替わらない。なぜか生き物が害虫のように感じられてしまう。不思議だ。

対して田舎では彼らが同じ土地に暮らす住民のように思えてくる。電車も信号もないし、車もなかなか通らず、騒音が皆無なので、生き物の声がダイレクトに届いてくる。裏庭で鳴くキジも、夜に合唱し続けるカエルたちも、みんな仲間だと肌で感じる。

そういう生物としての感覚は田舎の方が育つ。自分にその影響がどう現れているのか言語化が難しいが、誇りの一つにはなっている。

こう書いてきて少し整理されてきた。

自分は子供にどんな文化に触れて育って欲しいのかを明確にするべきなのではないか。自然の街なのか、工芸の街なのか、音楽の街なのか、デザインの街なのか、インターネットの街なのか、漁師の街なのか。親が自分の趣向とは別の判断軸で住むことになった街よりは、親が好きでこういう文化を身に付けたいと思った街の方が、もしかしたら子供にとってもいい影響があるかもしれない。

それを一つ軸として持つことが子育てをする場所を決めてくれるような気がする。ただ、冒頭にも書いたように他のあらゆる選択肢を知れる環境は作ってあげることは前提だ。

こう考えると都会か田舎かという二択ではなくなってくる。海外も含めて僕らにとってベストな街を探すこと。選択肢がもっと広がってしまったけれども、意外とそれが一番の近道かもしれない。それが場所に関しての一旦の結論だ。

まだまだ考慮しないといけないことがたくさんあるけれど、まだ子供を持つ予定がない今だからこそ、ゆっくりと考えられることだなと思う。考えるきっかけをくれた妻と友人夫妻に感謝したい。


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