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なぜ私が消費財製造業の現場カイゼンにこだわるのか

元DeNAの経営企画本部長、小林賢治さんのFB投稿がバズりました。
 
スタートアップばかりを持て囃すのは危険である。ここ数年で大きく伸びている会社の共通性は、クラシックな市場・ビジネス領域で、高い組織ケイパビリティを発揮してどんどん規模化していく、という成功モデルである。
 
このFB投稿の中では、初期投資が低く参入障壁が低い業種に、高度なKPI管理経営を導入した企業が勝ちパターンを見出す、と説かれていますが、同様の傾向は、設備投資が必要である製造業、店舗展開の投資が必要である小売サービス業にも当てはまります。
 
そしてそこにこそ、私が消費財製造業の生産現場カイゼンに身を捧げている最大の理由がありますので、本記事ではそのことを順を追って説明したいと思います。


1.これからの製造業における勝ちパターンとは何なのか

・キーエンス
 
産業装置用センサ等の生産ライン向け電子機器を得意としています。ひとつひとつのセンサに、特に目新しい最先端テクノロジーがあるわけではありません。既存の売れ筋のものの直販販路を太く早くすることで、顧客ニーズを掬い取っている印象があります。
 
私は食品工場の現場として客として働いているので良く分かるのですが、センサひとつの故障で生産ラインが止まったとき、「納期が一週間掛かる」と言われた電子機器が今日中に届くのであれば、10万円の値段が30万円に跳ね上がったところで痛くも痒くもありません。それ以上に一日の生産停止ロスが与える経済的打撃が大きすぎるのです。キーエンスはこのニーズをうまく捉えています。
 
・アイリスオーヤマ
 
最初はプラスチック雑品の会社だと思っていたのがいつの間にか白物家電を作り、はたまた私のいる食品セクターである「レトルト米飯」の生産を始めてみたり。
 
一体何にフォーカスを当てている会社なのか、と意味不明な成長ぶりに訝しがる方も多いかもしれませんが、製造業に長く生きてきた私には彼らの意図がとても良く分かります。
 
これらのビジネス(白物家電、レトルト米飯)は既存の、誰もが知るトップ企業すらが苦戦しているレッドオーシャン中のレッドオーシャン。しかも初期投資も掛かるし素人には技術が無いという参入障壁もある。なぜ「最後まで絶対入りたくない業界」にあえて踏み込む企業がいるのか。
 
答えは、既に定番商品として需要数、利益率が予想出来ている(かつブランドイメージの影響が小さい)製品に関してはいまや後から参入して最高の効率を構築したほうが勝てる、という事実にあります。
 
「レトルト米飯」を例にとってみましょう。これは私のいる食品製造業のセクターなので、工場の規模と内部の必要設備、従業員数や総投資額が、食品会社の技術者である私には一瞬で想像できます。
 
なぜ一瞬で想像できるかというと、もう成熟した製品群なので、プロセスや各段階での設備メーカーが確定していて(レトルト装置は〇〇製作所、トレーにフィルムをシールする装置は××製作所、という風に)、もうどこのメーカーが設備を並べても同様同質の製造プロセスしかできないのです。
 
そうすると「既存のトップ企業」は、まずは莫大な宣伝広告費。そして恐らくは本社部門に「組織内評論を仕事とするシニア管理職、役員へ奏上することにエネルギーを使っている組織」などが会社全体のオーバーヘッドとしてのしかかっているので、後発でリーンに定番生産プロセスだけを立ち上げた企業には勝てない、ということになります。(また、キーエンスの場合にも共通するのですが、ディスラプター登場以前の「トップメーカー」は、既存の問屋ネットワークにガチガチに縛られています。)
 
「経験のない組織が食品製造業に手を出せるのか」と、技術的参入障壁を心配する声が上がるかもしれません。ところが、食品製造プロセス設備のプロ中のプロである私が申し上げると、食品製造業の経験があるOBを最大で2~3人引き抜けば、必ず出来ます。
 
実は技術的な面だけでいうと、「カップラーメン」なども、素人が既存技術で立ち上げられるレベルの業界になってしまっています。ただ「カップラーメン」にそのようなディスラプターが現れないのは、消費者イメージ向けのマーケティングが絶対的必要要素となっていてそこだけは崩れる見込みが無いからです。
 
アイリスオーヤマの場合はそのような勝ちパターンなので、競争優位性として、以下のような要素が組織にインストールされていると推察します。
・上記3条件(定番の売上・利益予測性、マーケティング要素の低さ)が勝ちパターンの閾値を突破した市場をいち早く見つけ出し、その瞬間に迅速に製造プロセス立ち上げを指揮遂行する部隊がいる。
・それ以外の本社機能、間接機能は徹底的にリーンにそぎ落としている。(それが無いことこそが競争力の源泉なので。)
 
このような勝ちパターンは、小売業で言えばサイゼリヤやユニクロが、(ここ数年の成長ではないですが)徹底的に合理化した理系的発想で成長をしてきたわけです。
 

2.合理化は社会に何をもたらすのか

さて、上に見た企業の勃興とともに、社会には何が生まれるのでしょうか。それはひと言でいうと、「合理化・生産性の向上」ということになるでしょう。一個のレトルト米飯を作るのに掛かる人件費が小さくなる。昔、私はこう教えられました。「お米は八十八人の関わる人が心を込めて作っているから『米』と書くんだよ。有難くひと粒も残さずに頂きなさい。」しかし米飯を作り出すのに必要な人数は進歩とともに半減を続け、アイリスオーヤマの出現でとうとう二十二人から十一人になったのかもしれません。
 
これは「成長」でありつつも、日本社会全体で見たときにどうでしょうか?効率化企業の登場とともに非効率の企業は潰れ、街には失業者が溢れます。製造業全体にリーンな経営が浸透する、ということは素晴らしいことのように見えて、その実、国民全体が必要とする生活財を供給するのに必要な人員はどんどん少なくなる。必要の無くなった人員は生産に寄与しないので収入と消費力を失い、貧困が蔓延り、経済が停滞する。そんなことが言えないでしょうか。
 
この疑問はのちの章で回収します。ここではただ疑問として余韻を投げ掛けておいて、次に「日本の産業構造」を俯瞰してみましょう。
 

3.日本の産業構造

産業大分類別売上高 (「令和3年経済センサス」より)

上のデータにあるように、日本の産業別売上高で圧倒的なカテゴリは一位「卸売業、小売業」、二位「製造業」です。このうち、「卸売業、小売業」は今まさに、ディスラプターの嵐が吹き荒れている業界になります。
 
では、日本でまだ生きながらえている「製造業」にはどのようなカテゴリがあるのでしょうか。

産業中分類別製造品出荷額 (経済産業省2022年経済構造実態調査二次集計結果 より)

「輸送用機械器具製造業」が63兆円で圧倒的トップです。トヨタが傾くと日本が終わる、と言われるゆえんです。ぜひ未来永劫、勝ち抜いて頂きたいです。極めて他力本願な言い草ですが。
 
二位が「化学工業」で32兆円、三位が私のいる「食料品製造業」で30兆円になります。二位の「化学工業」の中身は何でしょうか。

化学工業の出荷額構成比 (日本化学工業協会「グラフでみる日本の化学工業2022」より)

上のデータに見るように、「化学製品」というビッグワードで括られていますが、その実、産業特性としては随分異なるものの混合であることが分かります。
 
「有機化学工業製品」はBtoBの中間物。主に石油プラントから精製される工業原料になります。一方、6割を占める「最終製品」のうち、圧倒的なものは医薬品です。医薬品は許認可制と開発技術の先端性から特殊業界と認識されがちですが、生産現場での技術シーズは実際には食品製造業とかなり同質です。そのあとに続くカテゴリは石けん・化粧品等、つまり化学工業製品の多くは家庭向消費財であることが分かるわけです。
 
上の「産業中分類別製造品出荷額」に戻りますと、「化学工業」、「食料品製造業」の他にも、リストの上部カテゴリ「09食料品~21窯業」にある殆どが家庭向消費財で、製造業の大半を占める一大勢力であることが分かるわけです。

また、従業者数で見ると興味深い事実があります。

産業中分類別従業者数 (経済産業省2022年経済構造実態調査二次集計結果 より)

一位63兆円の輸送用機械器具製造業は104万人。三位30兆円の食料品製造業は111万人。何と食品製造業の従業員の方が、多いのです。
 
日本という国の中で、いかに多くの人が家庭向消費財の生産に従事しているのか、ということが分かります。
 

4.なぜ消費財製造業の現場カイゼンにこだわるのか

ここでようやく本題に入ります。なぜ私は消費財製造業の現場カイゼンにこだわるのか。
日本国民の非常に多くの方々が家庭向消費財の生産に従事しています。そしてこの業界にディスラプターは現れるのか。現れるとしたらどのように現れるのか。
 
結論を言うと、この業界、消費財製造業は、ディスラプターが現れにくい。
アイリスオーヤマのところでも述べた三つの条件を満たすセグメントにしかいわゆる「革新的ディスラプター」は現れない。この条件を満たすディスラプターで他の事例を挙げると、イギリスの「マイプロテイン」社などが私の頭に浮かびます。
 
私が勤務する食品企業は連結売上で一兆円を超える、日本の食品製造業としては異例の規模なのですが、日本の食品企業の大半は中小のオーナー企業です。
 
分かり易い身近なもので例えると漬物屋や日本酒の蔵元。共通システムを入れるか。KPI管理でハイパフォーマンスを実現するか。規模の経済を効かせるか。
 
しば漬けとたくあんとキムチを次々に開発しては大量生産していくプラットフォームの出現は想像しにくいし、日本酒もそうです。大規模プラントで大量生産。原料調合や温度管理を完全自動化のプロセスで、生産計画通りに各地の銘酒が完璧に再現されて出荷されていく。酒好きには夢のようなプラントですが現場を知る者にはこれは不可能だと分かります。
 
海外から輸入しようとするとリードタイムの需給と品質上のリスクがある。微細な好みに入るマーケティングがあり、微調整や改訂、マーケットとの反応と即刻連動した開発力が欠かせない。製造現場で中を見渡すとSKUが複雑多岐過ぎて人系以外にこれに追随できる代替手段が無い。そのような世界に日本人の多くが生きているわけです。逆に言うと、そんな世界だからずっと日本国内の製造業として残っている。
 
人系のみに拠らざるを得ない世界で生産性を考える。そうなると人系が、チームがベストの生産性を発揮するには何が必要なのか、結論は最終的にそれのみに収斂する。そのときに生産現場の各論では何が起こるのか。どんなツールや枠組みが必要になるのか。それだけを私は現場で追い求めてきたわけです。
 
「2.合理化は社会に何をもたらすのか」の疑問を回収します。
 
設備工業では分かり易い疑問です。自動化設備投資が入って工場作業員は職を失う。企業単位で見れば生産性は上がるが、日本社会全体で見たときにこれは良いことなのか?
 
この疑問を消費財製造業の特性にぶつけるとどうなるのか。人系に頼る生産現場でチームが活気付いて生産性が上がる。これはスポーツに例えて言えば、「11人で争うはずのサッカーで、8人なのに常勝する凄いチームが現れて、優勝を掻っ攫っていく」ということです。
 
この場合も必要要員は減っていくのですが、そこに活気付いて成長するチームが現れる、ということに注目が必要です。折しも日本の実質労働人口はこれからも劇的に減っていくわけです。その中で組織が、人が成長して活気付いていくことは必ず国の複次的な成長エンジンになる。
 
そのHPO(ハイ・パフォーマンス・オーガニゼーション)で育った人財は海外の拠点へ技術指導をしに行くこともあるでしょう。国内で新たな産業が立ち上がる時にはそのスタートアップの核にもなるでしょうし、そもそも新商品開発というのは現場力あってのことなので(開発者として現場に対峙した経験のある方なら良く分かると思います。)前例の無いことも「私たちのチームなら何とかやってみようと思います」と言う現場があることが、ひとつひとつの革新的な製品・サービスを産み出していくのです。
 
私が消費財製造業の現場カイゼンに、生涯を懸けてこだわる理由はそんなところです。日本経済の量的バランスとしてとても大きなインパクトを持つ分野なのに、これに取り組もうと考えている優秀な人材は極端に少ない。
 
レンガを積む人に「何をしているのか」と問うと「教会のある明るい街が出来るのだ」と答えた、という話があります。
 
私は二十数年前に信念を持って工場の「オペレーター作業員」として入って行きましたが、上役に「お前は大卒総合職の期待値を何も分かっていない」といつも叱られました。でも当時「ここに何かがあるから追求しなければ」と感じたことを今になって言語化してみると、こんな感じです。
 
その上役は今では後期高齢者、もう完全引退の隠居生活で、時々尋ねに行ってお会いすると「お前はもしかして今のことを予見しながらオペレーターをしていたのか?」と仰るので「ハイそうですよ。」と答えています。
 
私の仕事人生の日々の根底にある部分なので今回の記事は随分長めになってしまいました。こんなことに一生のエネルギーを懸けようとするクレイジーな人物の言う戯言としてお聞きください。最後まで興味を持ってお読み頂ける方がいらっしゃいましたら本当にありがとうございました。


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