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最後の旅人-The Last Adventure- 第1話【note創作大賞2024 漫画原作部門 応募作品】

■あらすじ
これは果てしない世界を旅する者たちが紡ぐ、夢と冒険の物語。

この世界には「旅人」という職業が存在する。彼らは何百年にも渡り、未知の土地や国を開拓し、人々を豊かにしてきた。そんな旅人は輝かしい存在であり、誰もが憧れを抱く職業のひとつだった。しかし、豊かさを手に入れ、不自由がなくなった人々は、旅人への感謝を忘れ、夢や目標を抱くこともなくなり平和で安定した生活に慣れていった。

そして、かつて夢の職業だった「旅人」が、平和な世界から必要とされなくなった時代。そんな時代に、旅人を夢見るリトンという少年がいた。これは、1人の少年が世界を大きく変える物語である。


■本編

コッケコー!!
鶏の鳴き声が街中に響き渡り、朝日がベネトルドの街を明るく照らす。

世界地図の東側に位置するベースイースト大陸。その中で最も漁業や農業が盛んな街がベネトルドだ。別名「食物の宝庫」とも呼ばれている大きな街である。ベネトルドの食材は世界各地でも名が知られるほど有名で、毎年観光客がひっきりなしに訪れる。レンガ状の建物が並ぶ街には川が流れており、ベネトルドに住む人はボートで移動することも少なくない。

街の中心には大きな市場が広がっており、連日盛り上がりをみせる場所だ。朝ということもあり、レストランやカフェのオーナーが新鮮な食材を調達しに来ていて、とても賑やかで活気に溢れている。

市場にはフリースペースと呼ばれる場所があり、誰でも自由に食事や休憩場所として使うことができる。そこで丸テーブルを囲みながら、2人の子供たちが何やら話しをしていた。

「ここ見てくれよ!ここ!『私たちは未発見の土地を開拓し、リスクをとって挑戦を続けてきた』って書いてあるんだぜ!かっこいいな〜!」
そう興奮しながら話すのは、「旅人」を夢見る11歳の少年、リトン・シティーバーだ。『メルシュの日記』という旅人の本について話している。

「はぁ、もう聞き飽きたわよ。昔から何回もその部分を見せてもらったわ。だけど、いつ見ても何も書いてないじゃない」
幼馴染でもあり、親友でもある11歳の少女ノノが、テーブルに肘をつけながら呆れたように答える。

「そっか、ノノには見えないのか」

「よくわからないけど、旅人になるって言っても、この街から出られるのは13歳になってからよ?あと2年も先じゃない」

「いや、もう2年後だ!きっとこの2年はあっという間だぞ!」

「はぁ、はいはい、わかったわよ。それより聞いた?ここ数日、世界各地で夜になると、真っ黒なフードを被った怪しい人たちが街をうろついているんだって。市場の人が言ってたわ」

「ふーん、そりゃ気をつけねぇとな」
リトンは本に夢中になってノノの話しを一切聞こうとしない。

「ちょっと、真剣に聞いてよ!この平和な街で、こんな物騒な話題これまでなかったんだから。少しは危機感持ちなさいよ!」
ノノがリトンの肩を力強くはたくが、聞く耳をもたない。

「いってぇな、あ!ノノこの部分見てくれよ!『私たちの旅は、一度ここで終わりにしなければいけない。これから私は、最も危険な戦いを迎えることになる…ガ…と…ウラ…めなければ』ってあるけど、最後なんて書いてると思う?」
リトンがノノに問いかけたとき、遠くから大きな声がした。

「そこにいるのは、頭のネジが外れちまってるリトンじゃねぇか!?」
ヤンチャで名の通っているブルが、5人の子分を連れて2人に近づいてくる。

「げ、ブルが来たわ、相変わらず声が大きくてうるさいわね」

「あん?あー、ノノもいるのか、小さくて見えなかったぜ!!ガハハ!」

「なんですって!!」

「まあ、落ち着けよノノ、ブルもそんなに悪い奴じゃねぇんだ、ただ声が大きいだけでさ」
ブルに反抗するノノを落ち着かせるが、リトンは本に夢中でブルを見ようともしない。

「ったく、お前のそういうところが昔っからムカつくぜ、どうせ、またできもしない『旅人になる』なんて夢を語ってたんだろ!笑」

「わはははははぁ!!!」
ブルが笑うのと同時に、子分たちも一斉に笑い声を上げた。

「いつまでも夢見てねぇでよ、現実見たほうがいいんじゃねぇか?」
ブルは立て続けにリトンを挑発し、子分たちはクスクスと笑っている。

「ん?ブル何か言ったか?」
リトンは本に夢中でブルの声が全く届いておらず、我に帰ったかのようにブルの顔を見上げる。

「おい、お前いい加減にしろよ、いつもいつもオレを馬鹿にしやがって!ナメるのも大概にしろ!」

ガタン!!!
突然大きな音がしたかと思えば、ブルがリトンの胸ぐらを掴み持ち上げた。

「ちょっと、落ち着きなさいよ!リトンは一度集中すると、周りの声が一切聞こえなくなるのよ!昔からわかっていることでしょ!」
ノノがブルを落ち着かせようとする。

「うるせぇ!こいつの態度には、もう限界だ!ここで殴り倒さなきゃオレの気がすまねぇ!!」

気づくと市場のフリースペースには人が集まり、リトンとブルを見つめている。

「お前こそ、自分が本当にやりたいことから逃げてんじゃねぇか?」
苦しみながらもリトンはブルに問いかける。

「そ、そんなわけないだろ!いい加減にしろ!」

ドガッ!!ドーーーン!
ブルがリトンの顔を殴り、止まっていた馬車の荷台まで吹き飛ばされた。

「何が逃げてるだ!おれは、現実主義だ!夢なんて小さい頃に捨てちまったよ!別に夢を見なくても、このご時世、欲しいモノなんて手に入るからな!夢なんて叶わねぇんだよ!」
ブルは頭に血が上り、感情に任せてリトンに当たっている。

「行くぞ!お前ら!」
居ても立ってもいられなくなったブルは市場を去っていった。


「リトン!大丈夫!?」
ノノがリトンの側に駆け寄る。

「いってぇ〜、あいつのパンチ効くな〜」
リトンは笑顔で頬を抑える。

「笑い事じゃないでしょ、手当する身にもなってよね」
ノノは持ってきた救急箱から手当するための道具を取り出す。

「あー!今何時だ!?」
リトンが何かを思い出したように、辺りを見回す。

「8時すぎたくらいよ」

「ノノ、わりぃ!そろそろ行かないと!」
リトンはむくっと起き上がり、靴紐を結び直す。

「え、ちょっと、まだ手当終わってないわよ!」

「これくらい大丈夫!じゃあな!」

「後で手当しにきてよー!まったく、変わらないわね」


ノノと別れたリトンは、駅まで続く市場の大通りを走り抜ける。

「おーい!リトン!そんなに急いでどこに行くんだ!?」
顔見知りの太った肉屋のおじさんが、大きな声でリトンに問いかける。

「秘密!急いでるからあとでな!!」
声には反応しつつも、振り向かずにそのまま走り続ける。そのあともリトンは市場を走り続け、たくさんの人から声をかけられながらも、反応せずに突き進むのであった。

猛スピードでダッシュした甲斐もあり、リトンは最初の汽車が来る前にベネトルド駅に到着した。

「はぁ、はぁ、やっと着いた。もうすぐ最初の汽車が来るはずだ!会えるの久しぶりだなー!元気にしてっかなー!」

「おやおや、誰かの帰りを待っているのかい?」
ベンチに座っている背の低い老婆がリトンに話しかけた。人の気配が全くなかったので、驚きながらもリトンは老婆の質問に答えた。

「そうなんだよ、おれの育ての親なんだけど、今仕事で遠くに行っててさ、ちょうど今日帰ってくるんだ!」
満面の笑みで答えながら、リトンもベンチに腰をかける。

「ほっほっほっ、そうかい、それは楽しみだね。」

「おばあさんもだれか待ってるの?」

「いいや、私はこれからちょっと遠くに行ってくるのさ」

(ちょっと遠くってどこだろう。)
リトンは疑問に思ったが、口には出せなかった。なぜか聞いてはいけない気がしたからだ。

そうこう話しているうちに、ボーーー!と汽車が大きな煙を吐きながらベネトルド駅に到着した。

「親御さんのカイムと会えるといいわね。」

「おう!ありがとう!って、あれ?なんで名前知ってるんだ?おれいったっけか?」

「さあ、どうかねぇ。経験を積めば、人には見えないものが、見えるようになることもあるのさ。」

「ふーん、よくわからないけど、元気でな!」
背の低い老婆は、リトンに笑顔を残して汽車に乗り込んだ。

汽笛とアナウンスが駅構内に鳴り響く。
「まもなく、ベースノース行きが発車いたします。危ないですので、お乗りにならないお客様は、お下がりください。」

そして汽車が走り出し、どんどん小さくなっていく。
駅のホームを見渡しても、カイムの姿はどこにもなかった。

「あれ、この汽車じゃなかったのかな。次の汽車は2時間後か、きっとそれに乗ってくるんだな!ったく、乗り遅れるなら連絡くれよな」

次の汽車で帰ってくることを期待しながら待っていたが、その日、カイムが現れることはなかった。


「おい!君!大丈夫かい?」
ベンチに座っていたリトンが目を開けると、紺の制服に身を包んだ駅員の男性が、ランプを持ちながら立っていた。外はすっかり暗くなっている。

「あれ、おれ、カイムを待ってて…。」

「ん?カイム?よくわからないけど、もう最後の汽車が出て、この駅も閉めなきゃいけないんだ」

「あ、そうか、おれ寝ちゃってたのか。すまねぇ、駅員さん。すぐに出てくからさ」
眠い目をこすり、記憶を辿りながらリトンは応答する。

「気をつけてな。最近は物騒な話も多いからね」

「うん、ありがとう、明日また来るよ。きっと1日帰る日を間違ったんだ」

リトンは、翌日にカイムが帰ってくることを期待しながら帰路につくのだった。

しかし、翌日になってもカイムが帰ってくることはなかった。



3ヶ月がたった。

リトンは毎日駅に通い、カイムの帰りを待ったが、彼はそれでも汽車から降りてくることはなかった。

リトンの様子を知ったノノはもちろん、街中の人がリトンに諦めろと伝えたが、彼が周りの言うことを聞くことはなかった。


3ヶ月目のある日の夜。

「あの子が毎日来るようになってからもう3ヶ月よ。さすがにかわいそうだわ。政府に届け出は出したのかしら」
女性の若い駅員が、リトンを心配そうに見つめ、なんて声をかけたら良いのかわからずにいた。

「それはもう街の人がやってくれたみたいだよ。リトンくんは顔が広いみたいだからね。ただ、何も進展がないみたいだ」
3ヶ月前にリトンを起こしてくれた駅員が話す。

「それに、リトンくんに血の繋がった親はいないみたいだ。彼が3ヶ月帰りを待っているのは、育ての親だそうだ。職業柄、長い間家を空けることも珍しくないと聞いた。しかも、今回は3年ぶりの再会だそうだ。」

「そうだったのですか、なんて言葉をかけたらいいのか…」
2人は戸惑いながらも、ただリトンを見つめるしかできなかった。

リトンは、ベンチに座りながら遠くに光る夜空を見つめていた。その目はまだ希望を失っていなかった。

そんな時、その日最後の汽車がベネトルド駅に到着した。ゆっくりドアが開き、人が降り、数人だが乗車していく人たちがいる。


汽車から降りてきた人の中に、スタスタとリトンがいる方へ歩いてくる人物がいた。

顔はよく見えないが、首に赤いスカーフのようなものを巻き、この辺りではあまり見ないかっちりとした軍服のような服装に身を包んでいる。

リトンの目の前に立った。

「リトン・シティーバー、まさかまだ待ち続けていたとは、正直驚いたよ」
60歳くらいに見える女性は、ベンチに座っているリトンに向かって話しかけた。

「何か用ですか?おれ、人を待ってるんだ。そこに立たれると汽車の方が見えないんだけど」
リトンは戸惑いを見せながらも、堂々と答える。

「ああ、大ありだ。カイムを待っているんだろ?」

「え!?カイムを知ってるの?おばあさん一体…」

「そうか、私もおばさんではなく、おばあさんと呼ばれる歳になったか。これだけ長く生きていればそう呼ばれるのも当然か。まあこの見た目だからいいとしよう」
赤いスカーフの女性がぶつぶつと呟いていた。そしてリトンのほうを向いて真剣な表情で話し始めた。

「いいか、よく聞くんだ。カイムはしばらくベネトルドに戻ってこられない」

「どういうことだよ!カイムが戻ってこれない?」

「私も詳しくは知らない。ただ、お前宛に伝言を預かってきた」

「伝言?ちょっと待ってくれ、何がどうなってるんだ?」

「突然のことで混乱するのも無理はない。だが、まずはこれを見ろ」
赤いスカーフの女性が、手を前に差し出したかと思うと、突然柔らかい光が掌に集まり球体を作っていく。そして、その光は徐々に人の顔になっていき、数秒するとリトンがよく知る顔が現れた。

「カイムの顔だ!おばあさん一体何者?」

女性は口元に人差し指を当て、シーと言いながら反対の手に視線を落とした。すると、その光の顔が喋り始めた。

『リトン、おれだ、カイムだ。こんな形での再会になってすまない。おれはどうしてもそっちに戻れなくなった。事情は言えないが、とにかくそっちにしばらく帰れそうにない』

「そうか、なあ、カイム、おれ…」

「話しかけても無駄だ、これは録画されたもので、リアルタイムではない」
光の顔にリトンが話しかけようとするが、女性が止めた。

『ただ、お前がまだ本気で旅人になりたいという想いがあるなら、今これを流しているばあさんを頼るといい。お前を旅人になれるように鍛えてくれるはずだ。名前はベルだ』

リトンはベルの顔を見上げると、彼女と目があうが、すぐに視線を戻す。

『ベルはすでに現役は引退してしまったが、一流の旅人だ。偉大な人であることは間違いないから、彼女に旅人としてのいろはを教えてもらうんだ』

それからリトンとベルはカイムの伝言を聞いた。

ベルも伝言の内容は知らなかったようで、所々驚いた表情をしていた。
伝言が終わると、光は消え、駅の見慣れた明るさに戻っていく。


「ったく、どんな伝言を残したかと思ったが、どいつもこいつも生意気だな。というわけだリトン・シティーバー、私の任務はこれで完了した。悪いが、私には時間がない。明日の朝イチで南の方に行かなければいけないんだ」

「え?何言ってんだよベルのばあさん、どうすれば旅人になれるか教えてくれよ!」

「無理だ。いいか?旅人は、そう簡単に目指すものではない。私たちは、身ひとつで全世界を周り、新しい地を開拓してきた。それには危険がつきものだし、死とも常に隣り合わせだ。これまで、何人も犠牲を出してしまった。私にとって旅人は、後悔の人生そのものなんだよ」

リトンは黙ってベルの話しを聞いている。

「だから、カイムはあのように言っていたが、この伝言を最後に、旅人とは本当にお別れだ。だから、お前に伝えられることは何もない。別の人をあたるんだな。ただ、最後に君のような想いに溢れた子に出会えてよかったよ」
ベルは悲しそうな顔でその場を立ち去ろうとする。

「ちょっと待ってよ!じゃあ、これに書いてあることは嘘だっていうのか!?おれはこれを読んで、旅人になろうって決めたんだ!」
リトンは『メルシュの日記』を掲げてベルに見せた。

「それは、まさか、メルシュの日記…。それをどこで手に入れたんだ!?」

「え、あー、結構前に市場に落ちてたから拾ったんだ」

「お前はここに書いてあることが読めるのか?」
ベルは別人のように食らいつく。

「うん、読めるようになってきたのは最近だけどね。最初は何も書いてなかったけど、しばらくしたら文字が出てきたんだよ」

「そうか、ははは、これはなんという巡り合わせだ。メルシュ、やっぱりあんたの意志は大したもんだ。そして、しっかり受け継がれている」
ベルがベンチに座り、頭を抱えているが、どこか嬉しそうに微笑んでいる。

「ベルのばあさん、これを書いた人を知っているの?」

「ああ、知ってるよ。古い友人だ」
ベルは懐かしそうで、どこか悲しそうな顔をしている。

「本当の最後は、君なのかもしれないな」


リトンは何を言ってるんだ?という表情をしている。

「これはきっと私にしかできないだろう。わかったよ、メルシュ。リトン、君が旅人になるために私が師匠として全てを教えよう」

「え!ほんとに!?でもどうして」

「物事は小さなことをきっかけに、優先順位が大きく変わるものだよ」

「よくわからないけど、とにかくよろしく!ベルばあさん!」
リトンは満面の笑みでベルに伝える。

「ああ、ただ、まずはその呼び方からなんとかしないとな。ばあさんではなく、お姉さんと呼べ」

リトンは旅人になるために、ベルから基礎基本を学び始めた。一流の旅人だったベルの基準は高く、想像を絶するほどの過酷な毎日が続いた。朝5時から夜の22時まで、体力・筋力・精神力・知識・瞬発力など、あらゆる側面から修行を行った。



1年後…

リトンが旅人として修行を開始してから1年が経った。体つきもたくましくなっている。
リトンは12歳になり、旅立ちを1年後に控えていた。

そんなある日、ベルとリトンが今日の修行を終え、浜辺から帰宅しようとしたときだった。遠くからふたつの人影が近づいてくる。よく見ると1人はブルで、もう1人は黒いフードを被っている見知らぬ人物だ。

「あ、あいつが旅人になるって言ってるリトンってやつだよ」
ブルはどこかおびえている様子で一緒にいる男に話しかける。

「そうか、ご苦労だったな。もうお前は用済みだ、どこかに消えろ」
黒いフードを被った人物は低い声でブルに答え、ブルは逃げるように去って行った。

そして男はフードをとり、話し始めた。
長い髪が鼻のあたりまで伸びており、猫のような細い目をしている。

「お前が旅人を志している少年、リトンだな。その隣にいるのは…ん?ちょっと待て、まさか、これは驚いた。もしかして、隣にいるのは、ベル・ガーデンガードか?」

「いかにも、私はベル・ガーデンガードだ」
ベルの顔が険しくなる。リトンも何かを察したが、どうすることもできない。

「ふふふ、はは、はははぁ!おれはついてる!あの伝説の旅人メルシュと共に旅をしたベル・ガーデンガードをついに見つけた!」
謎の男は突然狂気的な笑い声を上げる。

「お前、何者だ?」
ベルは警戒体制に入り、いつでも戦えるように身構える。

「お前が知る必要はない。なぜなら、今日お前はこの世から消えるからだ」
男は言葉を発しながら、腰に備えていた刀を鞘から取り出し、刃先をベルに向ける。だが、その先にベルはいなかった。

「遅い」
男が刀を抜いた時、一瞬でベルは男の懐に入り込み、両手で衝撃波を与えた。男は反応する間も無く吹き飛ぶ。

ヒューーーン!ドガーーーン!
男が浜辺の崖まで吹き飛ばされ、岩が崩れていく。

「ベル、あいつは一体なんなんだ?それに、メルシュと旅をしていたって本当なのか?」

「はぁ、はぁ、リトン、すまないが、今お前の質問には答えられない!とにかく、一刻も早くこの場から逃げるんだ!あいつは何かおかしい。はぁ、はぁ、きっと、良くないことが起こる」
ベルは息を切らしながらもリトンに伝える。

「ったく、あの老体のどこからこんな力が出てくるんだよ」
吹き飛ばされた男は、何事もなかったようにこちらに向かってくる。

リトンが瞬きをした瞬間、激しい戦闘が勃発する。男は剣を振りかざし、ベルは拳に不思議な光をまとって戦っているのは見えるが、目で追うので精一杯だ。


互角かと思えた戦いは、すぐに決着がついた。

グサッ!
男が刺した刀は、ベルの腹部を貫通し、血がポタポタと流れ落ちるのが見える。

ベルが膝から崩れ落ちる。

「ベルーーー!!」
リトンが叫ぶと同時に、男は刀を抜いた。

(はぁ、はぁ、やべー、ベル・ガーデンガードって、大昔の旅人じゃないのかよ!この短時間でこんなに体力もってかれるなんて、どうなってんだよ!もうほとんど体力残ってねぇ…)
男は全身ボロボロの状態で、息切れしている。立っているのもやっとで、言葉も発せないほど疲労している様子だ。

「おい、お前、よくもベルを…」
気づくと、大きな炎の渦がリトンの周りを囲んでいた。さらに、リトンを中心に大地も激しく揺れている。

!?
(おいおい、待て待て、なんだこのとてつもないオーラは…。あのガキ、何者だ?たしか、ベルは1年前までベースノース大陸で確認できたが、突然行方がわからなくなった。単純に1年前からここでこいつの修行をしていたとしたら…)
男は思考を巡らせる。

(おい、まじか、1年でここまで力を使えるようになるのか…。信じられない。これはさすがにおれでもアウトだ。退散するのが吉だな)

「悪いが、お前の相手をする余裕はなさそうだ。お前の師匠に感謝するんだな」
男は腰から1枚の扉が描かれたカードを取り出し、地面に叩きつけた。すると、その場になかった黒い大きな木製の扉が現れた。

「おい、逃げんのかよ!」
リトンは戦闘体制に入る。

「ああ、だから悪いって…」

「おせぇよ」
男が振り向いた瞬間、炎をまとったリトンの拳が頬に当たり、地面に叩きつけられるように倒れ込む。しかし、男は反射的に体勢を戻し、リトンと距離をとる。

「てめぇ、マジでゆるさねぇからな!」
男は頬を抑えながら黒い扉に吸い込まれていく。扉の先闇に包まれていて何も見えない。

「こっちのセリフだぁ!お前の顔、一生忘れないからなぁ!」

リトンは何もできなかった悔しさと、ベルを失うかもしれないという悲しさで涙が溢れている。

男が中に入ると、その扉は塵になり消えていった。



「リトン…リ…トン」
かすかにベルの声が聞こえた。

「ベル!」
リトンはベルの上体を起こし、腹部に手を当て、出血を抑えようとする。

「リトン…これから言うことをよく聞くんだ。私はもう長くない」

「何言ってんだよ!」
リトンは涙ぐんでいるが、ベルは構わず話を始める。

「もう何十年も昔、世界には旅人が溢れていた。そして、皆の憧れの職業だった。旅人は、未知の島や遺跡、そして未発見の国を開拓してきた。そんな旅人は時代と共に必要とされなくなったと言われているが、それは違う」

「え、この日記にも、街のみんなもそう言ってるよ」

「ああ、そいつはうまくやったよ。そう、旅人を世界から必要のない存在に仕立て上げたのは、ある一人の旅人だ」

「どういう、ことだよ」

「そいつの名は、メルシュ・オーバーテイン。お前が持っている日記を書いた張本人だ、ごほっ!ごほっ!」
ベルの口から血が溢れる。

「なぜ、彼がこんなことをしたのか、きっと理由があるはず。そして、私には知らない何かが起きようとしている。おそらく、カイムもそれに気づいているはずだ。そして何より、メルシュの日記がお前のもとに現れた。これは偶然ではない」

「これから、何が起こるんだよ」

「それはわからない。いいか、リトン、13歳になったら、まずこの大陸の北に向かうんだ。そこで…お前にとって…ごほっ」

「北に行けばいいんだな!わかったから、もう喋らなくていいよ!」
リトンの目には涙が溢れている。

「はは、ありがとう。頼んだぞ。がんばれ、最後の旅人…」
そう言い残し、ベルは目を閉じた。

「おい!ベル!起きてくれよ!うあぁぁぁぁ!」
リトンは我を忘れて泣き崩れた。

ベル・ガーデンガード、享年120。
全てを少年に託し、命を遂げた。



そして1年が経った。

リトンは13歳になり「最後の旅人」として、ベネトルドから旅立った。
赤いスカーフを巻き、大きな使命を背負い、一歩を踏み出した。

リトンはこれから、世界を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。


第2話へ続く。

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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