三年計画の定点観測(2022年8月度月報)
◆前書き
昨年も書いてきた1か月程度の間隔で試合内容や会見のコメントなどを拾いながらクラブが提示した三年計画、コンセプトと照らし合わせて考えていく「定点観測」シリーズを2022シーズンも行います。
◆8月の戦績
7月は試合の切れ目の都合でPSG戦のところで区切って、月末の川崎戦からを今回は扱います。
PSG戦に向けてのところではリカルドがコロナ陽性になってしまい、川崎戦に向けては前日の29日にようやく合流。ただ川崎はそれ以上に深刻で蓋を開けるとベンチメンバーが5名かつ、GKが3名というスクランブル状態。試合当日まで開催するのかどうかに揺れました。
浦和はこれまで対川崎でのビルドアップでは左右WGとCFの2つのゲート奥にそれぞれCHを立たせて1stラインを越えるところに6人使うようなイメージでしたが、この試合ではここまでの流れを継続して4-1-2-3のような形を維持してダミアンの背後に岩尾が立って、川崎のIHにそこまで出るのか留まるのかという選択を突き付ける形になりました。
2点目はまんまとその構図でビルドアップから得点までが繋がったわけですが、先制点で敦樹がゴール前に入っていったところも含めてチームとしてビルドアップよりもゴール前に人数を使えるようになってきたことが、川崎相手にも実践できたのはチームとしての成長を感じます。
この配置の部分については川崎戦翌日にクラブ公式が出した岩尾のインタビューが分かりやすいと思います。
さらにこのインタビューの中でチーム全体で各々のポジショニングが少しずつ変化したことについての言及がありますが、これは次の項でもう一度触れたいと思います。相変わらず岩尾のコメントは興味深いです。
ここからは名古屋との3連戦ですね。この3連戦で共通していたのは人を捕まえに来る相手をいかに外すのかだったと思います。3試合とも名古屋はベースを5-2-3の並びにすることで浦和の4-1-2-3に噛み合うようにして、彼らの強みというか目指す部分である目の前の相手に負けない、球際で勝つという要素を強調しやすくしていたように見えます。
その中で1戦目は左SHの大久保が中央に入っていくことで相手の噛み合わせにバグを作って惑わしに行きました。これについては試合後の会見で飲水タイムに2、3個のアイディアをリカルドが提示したと話していました。これは昨年の序盤にも飲水タイムやハーフタイムに度々見られた流れでしたね。
ただこれがその後も上手くいったかというとそうでは無くて、その時の雑感にも書きましたが、主審のジャッジの傾向も相まって長谷川監督がどこのクラブでも作ってきたもの、悪く言ってしまうと少々距離があってもスプリントして強引に球際の場面を作りに行くスタンスに苦戦しました。そしてこれは2戦目となるリーグ戦の方でさらに嫌な結果へとつながってしまいました。
浦和はかみ合わせを良くしてハメてくる名古屋に対してビルドアップでCH2枚を横並びにして相手のCFのところで基準をぼやかしに行きます。対マンマークで1か所ズラすと相手はそれに応じて選手が動くので自分たちが空けたい場所には最初に立たず、相手をどかして空けてから入っていくという手順を踏むとボールを前進させやすくなります。
2枚目の図でも表現していますが、相手の背中を取れば名古屋は次の選手が潰しに飛び出してくるのでそこで奪われずに繋げばさらに相手が動いて、、という連鎖が起きていくのですが、残念ながら名古屋の潰しに飛び出してくる圧力に屈してしまいました。
対マンマークもそうですし、少々無理をしてでも走力と当たりの強さで潰しにかかるというのは浦和は目指していないところなので、出場機会が少なく普段のトレーニングで紅白戦くらいしか試合が出来ていない選手からすると日常からのギャップが大きかったのだろうと思います。
負傷者がいたという点はありますが、3連戦のうちこの2戦目は宮本、知念など直近での出場機会が少ない選手が出ていて、試合の結果に繋がってしまったのは名古屋側が誘発した彼らのミスによるものでした。
舞台が豊田スタジアムから埼玉スタジアムに変わってボールの転がり方が良くなったというのも考慮すべき点の1つだとは思いますが、3戦目ではショルツ、酒井の復帰も含めて1戦目のメンバーが多く、名古屋は2戦目のメンバーがほとんどだったのでそこで浦和の選手の中では力の差が顕著に出たかなと思います。
この試合は雑感をサボってしまったので図とかはないのですが、この試合ではビルドアップの形を4-1-2-3に戻して初期配置の段階では相手にハマっても良いというスタンスだったと思います。大事なのは初期配置を取っておしまいではなくて、そこで誰が誰にロックされている(させている)のかを把握して、それによって相手がいないスペースで人とボールを合流させるということを狙えていたのが先制点の場面も含め多かったと思います。特に左SHの大久保が中谷にロックさせておいて、中谷の背後に松尾が斜めに飛び出すというアクションは効果的でした。
相手を外すために闇雲に動くのではなく、アクションの起こし方自体は相手がいない場所(スペース)を共有して行うことが出来ていて、例えばリカルドはこれまで対札幌のマンマークでなかなか良い結果を出せていませんが、そうした課題を着実に克服しつつあるという手ごたえは得られた勝利だったと思います。
川崎戦から始まった5連戦のラストはアウェーの磐田戦でした。結果的にはこれが伊藤監督にとどめを刺すことになったわけですが、3月のホームゲームからさらに攻守両面で力の差が開いたのかなと感じました。
特に1点目、2点目は松尾、小泉のセットがスタメンで起用されている理由がよく分かる彼らのプレッシングからの得点でした。松尾+小泉/ユンカー+江坂という組み合わせに分かれてきていますが、試合をコントロールするという点ではプレッシングでより頑張れる松尾と小泉をスタートで起用して、終盤に多少オープンな展開になってきたところでスピードのあるユンカーと間延びしたスペースを活用するのが上手い江坂を使う(オルンガ+江坂のセットと似たような相性?)というのは納得感があります。
松尾は元々SHとして起用されていたのでCFでプレーするようになった頃はプレッシングでの矢印の出し方も少し曖昧でしたが、試合を重ねるにつれて上手く適応できているように思います。キャンプの段階からスペースに走るとか、ゴールに向かうとか、そうした部分に意欲的なコメントもあったので、彼のCF起用は想定外だったかもしれませんが意外と彼の特徴にマッチしているかもしれませんね。
ただ、ユンカーは昨年5月など加入当初、江坂もちょうど昨年のこの時期あたりの0トップ期はプレッシングを頑張って相手のビルドアップを邪魔することが出来ていたので、この2人がプレッシングが下手とかやる気がないとかは思いません。
今の浦和は2トップが横方向に相手を追うことが多いので、早い段階でボールが奪えてしまうとプレッシングを行った選手が外に流れていて相手ゴールから遠い状況になってしまいます。「攻守に切れ目のない」サッカーを志向すると公言しているのですから、この点もきちんと考慮が必要なところでしょう。
ゴール前での技術こそがユンカーの強みなので、彼はどの局面でもなるべく相手ゴールに近い位置にいられるようにしたいと考えるでしょうけど、そうしてプレッシングに制約条件が増えてしまうのが現代サッカーにおいて「純正9番」を抱える難しさでもあります。それにストライカーは結局ゴールを決めてこそ評価されるポジションなので、「プレッシングは頑張ってるよね」という評価で留まる選手では難しいというのを昨年の春先に何度も感じた記憶があります。
話がそれましたが、この試合としてはプレッシングだけでなく、保持でも相手のポジショニングを見ながら空いている場所をきっちり使えていて、ボール保持者がオープンな状態なら裏へ抜けるなり、追い越すなりといったアクションが出ていたので、台風で開催が危ぶまれながらも現地に辿り着いた方々にとっては満足感のある遠征になったのではないかと思います。
さて、ここからはACLのノックアウトステージですが、3試合を7日間でやり抜いたことで個人的には大会への没入感がすごかったです。
結果的にはJDT、BGパトゥムといった、そもそも個人の能力で浦和の方が上という試合で前半のうちに試合の大勢を決めてしまって後半にはプレータイム調整が出来たことがとても大きかったと思います。
JDTは浦和のビルドアップに対して5バックより前の5人がそれぞれ人を捕まえに来ているような感じがありましたが、10分程度で相手の矢印の出し方を把握して試合を優位に進めることに成功しました。
BGパトゥム戦では今度は相手が4-4-2でしたが前線のプレッシングをあまりしないチームだったので、2CB+1アンカーで2トップに対して優位を取る、前線は5レーンにそれぞれ人を配置するという4-4-2攻略のお手本のような形で何度も攻め入ることが出来ました。
また、後半に相手が5-4-1へ変更してきたものの、ピッチ内で相手の変化を共有して適応できていたようで、このあたりは選手たちの主体性が高まっていることが窺えます。
準決勝の全北戦はやはり相手の個々のレベルがそれまでの2試合と違うだけでなく、チームとしてもやるべきことはやるという強さを持ち合わせていてなかなか難しい試合でした。
名古屋戦のように明確に人を潰しに来るというよりは、プレッシングで方向を制限したり、撤退できちんとゴール前は人数をかけて埋めてから対応したり、5月の柏戦がよぎるような相手だったと思います。
その試合はどうだったかといえば、序盤こそ相手の背後を取ってゴールに迫る場面を作れたものの、徐々に相手のコンパクトな陣形を動かせずに攻めあぐねてしまったという展開でした。
保持側が横幅を使えない状態に出来るとどんどん守備ブロックをコンパクトにしてボールを奪いに行けるというのは浦和の守備を見ていればそうだよねとなると思います。なので浦和としては左右分断するプレッシングへの対抗策を早めに見つけて欲しいところです。5月の柏戦であればアンカーに入った平野が左右CBの間を狭めるように指示して、CBの外側にスペースを作ってそこでオープンに持てる選手を作るというのも一つの手段としてあると思います。
ただ、この試合は終盤になると中3日と中2日で延長戦×2という敵将に言わせれば「殺人的なスケジュール」をこなしてきた全北側のプレッシングが少しおとなしくなったことでショルツがオープンにボールを持てる時間が増えてはいました。残念ながら大畑がPKを献上したことを引きずったのか、その際のアクションが弱かったりもしたのでユンカーが入るまではなかなかチャンスを作れずに時間が進んでしまいました。終盤にオープンになりそうな時間帯でユンカー・江坂の組み合わせが脅威になるのは先述の通りですが。
川崎戦から始まった5連戦+ACLは「上手さ」を表に出したい川崎や磐田には自分たちのやりたいことをきちんと突きつけることが出来ていたし、これまで苦手部類の一つだった「強さを強調した積極的なマンマーク」を志向する名古屋にも最終的には自分たちの持っている論理を組み合わせた上で勝つことが出来ました。
最後の全北は「個々の強さとチームとしての統制」というまた別の苦手部類の相手(というかこれが出来るチームはそもそも強い)に対して90分で勝ち切ることはできませんでした。ここはチームとしての論理を積み重ねるのはもちろんですが、選手個々のスケールアップも必要なところだと思います。
ラストの酒井の何とかタックルみたいに少々苦しい場面でも体を張ってなんとかしてしまうとか、先制点のように相手が一瞬遅れて空いた場所を逃さないとか、そういった個々の「理不尽さ」でチームの構造上の不具合をカバーすることは大切です。
本気で継続的にリーグ優勝を狙うチームになるのであれば「チームの構造をぶっ叩かれたから負けても仕方ないよね」とはなりません。「チームの構造をぶっ叩かれたけど、そこは個人の能力で耐えて、その後にチームとして立て直して勝てたね」というところまで持って行ってもらいたい。少しずつ自信がついてきた中で、まだまだ高めないといけないところを最後にきちんと突きつけられた1か月だったのではないかと思います。
◆コンセプトは表現できていたか
【個】の部分はいよいよ残り試合数が少なくなってきたところでメンバーも固まってきていることもあって、それぞれのやりたいことを共有しあえている感覚がいくつかのインタビューで見受けられました。
誰が出ても上手くやれるようにというのは当然の土台としてあるものの、その土台の上でさらにレベルを高めるのは個々の質であり練度になってきます。
【チーム】の部分でも手倉森さんがトランジション局面について褒めていましたが、攻守両面でポジション交換をしながらもバランスは崩さずにプレーできていることで上手くトランジションが出来ているように見えます。
(相手の手倉森 誠監督が「レッズの方が切り替えが速くて圧倒された」と話していたが、攻守の切り替えで意識していること、感じていることは?)
敦樹「ここ数試合、攻守の切り替えはみんなしっかり意識できていますし、そこで相手を圧倒できているのかなと、やりながら感じています。今は攻守の切り替えができているからこそ攻撃する時間も長くなっていると思いますし、そこからチャンスも作れていると思います。今はみんながそこを意識できていることが、この結果につながっている大きな要因の一つだと感じています」
トランジションが上手くいっている一つの要因としてビルドアップで嫌なボールの失い方をする回数が減ったというのが挙げられると思います。まずは岩尾のインタビューの引用を。
シーズン序盤はボール保持者とそのサポートという2人の関係性になっていたり、自分以外でボール保持者を誰がサポートできているのかという繋がりが掴めていなかったのではないかと思います。
4月のACLの際に岩尾と平野のプレースタイルの違いについて「岩尾は味方とのつながりで活きる」「平野は相手との駆け引きで活きる」といったニュアンスのことを書いたのですが、岩尾は恐らくボール保持者とそこをサポートする別の選手の繋がりを感じて、サポートする選手のサポートに入れる(いわゆる「3人目」になれる)回数が増えているように見えます。
これは7月の清水戦の時に作った図ですが、西川にボールを渡した後に岩尾は小泉が西川の縦方向のサポートに入れていることを感じているので、自分が宮本に消されていてもそれを気にすることなく西川の次の小泉に対するサポートへ動けています。岩尾のこのアクションはとても良いのですが、それは岩尾以外の選手もしっかりポジションを取れているからこそ、岩尾がボール保持者のサポートを取る役割から解放出来ているとも言えます。
出し手と受け手だけの関係になると一手ごとに人数が必要になって、その結果ビルドアップに人数が必要になるというのがボール保持を主体に構築したいチームの最初の悩みだと思います。それは、適切なポジションに人がいるだけでなく、そこで誰と誰が繋がっているのかを感じて、二手、三手先で落ち合うためにポジションを取りなおすというアクションをチーム全体で起こし続けられることによって解決されていく気がしますし、今の浦和はそれが出来つつあるからビルドアップ隊を最小限の2CB+1でやれる場面を増やせているのだろうと思います。
最後の【姿勢】の面について、名古屋との2試合目はちょっとな・・という感じですが、その次の試合で見せたスタンドの姿勢が選手たちをグッと引き上げたように思います。
ACL準決勝で延長後半に失点した直後の「PRIDE OF URAWA」が始まった瞬間とそこからスタジアム全体へ大きな手拍子が広がっていった景色と音はずっと忘れないと思います。苦しい時こそ今自分に出来ることを最大限に発揮したあの姿勢は「前向き、積極的、情熱的」というコンセプトそのものでした。
◆9月の試合予定
8月が終わったところではありますが、リーグ戦はもう残り9試合です。試合数にばらつきがあるので正確な勝ち点差は計りにくいですが、9月の最初の3試合はいずれも自分たちより上位にいるチームです。
昨年も同じくらいの残り試合数で上位チームとの対戦が連続し、勝てばその分だけ差を縮めることが出来るという状況の中で勝ち点を積み上げきれずにリーグでのACL出場権獲得を逃しました。特に、神戸と鹿島との2試合については「強さ」を強調して神戸は縦へ、鹿島は横へ積極的にプレッシングをかけてきてそれに屈しています。
リーグ序盤の出遅れは痛かったものの、超がつくほど混戦となった今季のJ1はまだ浦和にもACLに繋がる3位が狙える状況です。一応、今大会のACLで優勝すれば来季のACL出場権(プレーオフからですが)は得られますが、今季のうちに決着をつけたいし、今季のメンバーで勝ち取った上で来季のACLに挑みたいです。
西川も「ACLに関しては、浦和レッズの名が常にある大会にしたい」と話していた通り、やはり浦和がいるべきはアジア、そしてその先の舞台でありたいと思いますが、そのためには日常のリーグ戦でそこに出るための権利を勝ち取り続けなければいけません。
大きな試合で力を発揮してきた歴史と、反動からなのかその直後の日常の試合では力が緩む歴史を繰り返してきたのがこのクラブですが、本当に強いチームは大会の規模や準決勝、決勝といった舞台装置が無くても自ら気持ちのアクセルを踏んで闘うことが出来ると思います。
第一次三年計画がいよいよ佳境に入ってきた中で、残念ながらリーグ優勝は現実的ではなくなってしまいましたが、間違いなくチームとして正しい方向に強化で来ているというのは実感としてあると思うので、それにふさわしい試合をして力を証明してもらいたいです。
今回も駄文にお付き合い頂きありがとうございました。
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