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赤と黒のコントラストにより。

好みのかばんに靴、服を装い、
仕事に向かう。

いつも変わらないのは左耳だけに
つける真っ赤なワイヤレスイヤホン。

両耳に着けないのはわたしの主義だ。
外界と隔絶される感じが
なんとも苦手なだけなのだが。

すべての準備を終え、一階で
動物病院を営んでいる
院長先生か看護師さんに挨拶し、
出勤する。というのが
いつもの日課なのだ。

今日はなんとも珍しく娘と妻が
お見送りをしてくれたのだ。

娘は最近、バイバイができるようになった。
とは言っても手のひらはわたしからは
見えない。手の動きは
「いやいやそんなことないです」
「全然全然」 のパタパタ。
横に振るのが精一杯のようだ。

まだ生え揃わない歯をキランと覗かせ
ニコニコしながら振ってくれるのだ。

これまでの絶景はあっただろうか。
恐らく記憶にはない。
父としては世界遺産ものだ。

わたしは浮かれてしまったのだと思うが
何度もバイバイを要求しながら
イヤホンを装着しながら
玄関を出た。

そのとき左耳に一度はまったはずの
イヤホンが滑り落ちてしまったのだ。

イヤホンはラバーの部分がクッションとなり
思わぬ方向へ跳ねたのだ。
そのまま回転して跳ねるイヤホンは
共用部分である手すりの隙間から
すり抜けてしまった。

手を伸ばしたときにはすでに遅く
マンションの裏手にある
田んぼへとダイブしたのだ。

慌てて一階に向かい、救出を試みたが
壁が高すぎて取れる見込みが立たない。

回って田んぼから侵入することも
考えたがあまりに壮大な田んぼだったので
マンションと他の建物を回って
救出に向かわなければならなかった。

仕事に向かわなければならない。
仕方なく、後ろ髪を引かれながらも
諦めるしかなかった。

慣れない右耳に赤いイヤホンを装着し
出勤することとなった。

それから田んぼが水田に変わり、
稲が育ちはじめ、
水が抜かれた頃のことだった。

一階の動物病院へ
犬の定期検診に行ったときのことだった。

「このイヤホン違います?」

なぜだかそう聞かれたのだ
差し出されのは砂にまみれ
汚れきった赤いイヤホンが
小さい透明のチャック袋に保管され、
そこにあった。

「恐らくそうです。なぜわかったのですか?」

看護師さんは答える
「いつも耳から赤いのが見えていたので
そうかなぁと思って。」

笑顔で答えてくれた看護師さんに
お礼をいって受け取った。
壊れてしまったが赤いイヤホンが
なんと帰ってきたのだ。

そのときには疑問に思わなかったのだが
田んぼに落ちたはずのイヤホンがなぜ
病院に…?

再び事情を聞くのも面倒くさかったので
特に詮索することもなく
終えたのだ。

それから田んぼの稲は穂が頭を垂れ
秋の色に変わり始めた頃のことだった。

近くの保育園に娘を預けているわたしは
乳児クラスの運動会のような催しものに
参加したときのことだった。

保育園のいつもの教室ではなく
いつもより広めな部屋に集合した。

みな仕事で預けている家庭ばかりだが
顔見知った家庭ばかりなので
部屋に入り、いつものように簡単な
挨拶をした。

欠席している家庭もあったが
たまたま同じマンションに住む
娘の同級生家族が出席していた。

挨拶がてら談笑していると
「イヤホン見つかったんですね。」

思わぬところから話題が飛び出したのだ。
「なぜ、それを…?」

「動物病院にお願いして預かってもらったの
わたしなんです。」

動物病院にイヤホンを保管するように
依頼するということに
些か変に思ったがとりあえずお礼を言った。

話を掘り下げると一階が動物病院という
特殊に立地は珍しく落とした人も
困っているだろうし、
恐らくペットを飼っているだろうと
推理したそうだ。

病院から渡した報告を受けた家族は
特徴を聞き、"ヤンチャな犬を飼っている家"
としてなんとも不名誉な覚え方を
されていたことにより持ち主を割り出された
というわけだ。

結果的に名推理となった。謎は解け、
本人のもとに帰ってきたのだから。

また田んぼの持ち主が身内だそうで
「なんだこれ」となり
娘の同級生のもとに渡り、動物病院を経て

持ち主の元に帰ってくることとなった。

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