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万葉旅団

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#エッセイ

笹の葉はみ山もさやにさやげども我は妹思う別れ来ぬれば 柿本人麻呂

笹の葉はみ山もさやにさやげども我は妹思う別れ来ぬれば 柿本人麻呂

さや、さや、と歌われる言葉は意味というよりも、音そのものが、的確な世界の描写になっている。それは物事をことばの意味で説明するよりも、いっそうの臨場感をもって、聴き手に伝わってくる。この万葉の歌はまさに、その格好の例と言えるのではないだろうか。

一方、内容はというと、周りの物音がうるさいにもかかわらず、心は揺れず、一人の人を思っているという、現代の人間が読んでも、どこかで心当たりがあるはずの、心の

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わが宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも 大伴家持

わが宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも 大伴家持

この男の身に、いったい何があったというのだろう。あるいは存外、何もなかったのかもしれない。ただ一つ確かに言えるのは、男には心細さがあったということだ。そういう心持ちであったと解してこそ、家の庭の少しの竹の間を通り過ぎる風の音が、かすかに、聞こえてくるのである。

心を吹き抜けていく風の来し方に思いを巡らせていると、この心細さは人間本来の孤独に由来するのではないかという気がしてくる。
人はみな孤独だ

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