【ミセン】【キャリコン視点】キャリアチェンジを余儀なくされた主人公【お勧めドラマ】
ドラマ・映画好きのキャリアコンサルタントxyzです。
人は生きていくなかで、何度か人生の岐路に立ち、どちらの道を選ぶか、または選ばないかの決断に迫られる時がありますよね。
人生は変化の繰り返し。
自発的な変化もあれば、本人は望まないにもかかわらず変化せざるをえない場合もあることでしょう。
今回は「キャリアチェンジを余儀なくされた人」を描いたドラマを紹介します。
ドラマ『未生(ミセン)』
このドラマは、私がこれまで視聴してきた韓国ドラマの中でも不動のベスト1🥇と言える名作ドラマです。
(今のところこのドラマを超えるドラマは出てきていません)
主人公は26歳の青年、チャン・グレ。
総合商社のインターン社員グレの奮闘ぶりと成長が丁寧に描かれたドラマです。
グレは、幼少期からプロ棋士を目指して韓国棋院の研究生として囲碁一筋の生活を送ってきました。
父の急死で経済的に困窮しバイトをしながらも研鑽を続けてきましたが入段(棋士採用)試験に合格できずプロ棋士の道を諦めることに。
学歴、職歴がなくアルバイトを掛け持ちするしかなかった、そんなグレの様子を、研究生の頃から目をかけてきてくれた会社社長が見かねて、伝手を使って大手総合商社のインターン候補に推薦してくれたのです。
このことが、グレの人生の大きな転換点となります。
龍になれなかった大蛇
さて、韓国棋院の研究生とはどのようなものでしょう。
龍(プロ棋士)となって“昇天“できずに満19歳の年齢制限規定にひっかかり養成機関を退所をせざるを得なくなった人を、韓国囲碁界では大蛇という隠語で表すそうです。
どんなに実力があっても、将来を目されていたアマチュア強豪であっても、入段試験を通らなければプロへの道を断たれてしまう。実力は互角、しかし不運にも入段叶わず……勝負の世界は無情です。
しかも年齢制限という期限付きの挑戦、ただ一つの道に邁進してきた者にとって、すぐに別の道を歩むことは到底無理な話です。
グレのような元・神童の囲碁エリートだった「大蛇」たちの存在は、このドラマ放映前から韓国でも社会問題となっていたそうです。この社会問題を取り上げたウェブトゥーン(Web漫画)がこのドラマの原作です。
幼少期より才能を認められ、他の道を一切考えることなく、学業を含め多くのことを犠牲にして囲碁だけに打ち込んできた日々。そんな多大な努力が報われない世界も存在するのです。
囲碁に限らず、将棋や音楽、美術などの芸術関係やスポーツの道を目指す人たちにもある話ですね。
プロになるのを諦めたり、晴れてプロになってからも諸事情でプロ生活を続けられなくなり引退など、セカンドキャリアは無視できない問題です。
しかし、当事者はプロになるための研鑽やパフォーマンスの向上に忙しく、先を見越してセカンドキャリア形成について考える機会が少なく、加えてセカンドキャリアを支援する側の体制も現状十分とは言えないようです。
今後はこのような分野にもキャリアコンサルタントが支援できる余地はありそうですね!
強がり〜防衛機制
さて、話を戻して……ドラマの序盤より、グレの独白です。
「手を抜いた」どころか、人一倍努力を続けた、辛く厳しい日々だったはずです。
それなのに「誰のせいでもなく、自分の努力が足りなかった」と自分を納得させるグレ。
一所懸命だったのに、と言ってしまえば、これまでの自分の「長年の全力の努力」が無駄だったことになる……。「才能」がなかったことになる……。そうじゃない、「手を抜いた」から失敗したんだ……。
これは【防衛機制】(英: defence mechanism)のなかのひとつ「合理化」に該当するでしょうか。
【防衛機制】とは、フロイトの「ヒステリー研究」から端を発し、娘・アンナと共に確立した概念。
受け入れがたい状況または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズムのことです。
受け入れ難い現実を直視したくないー
自我を守るため、精神的な安定を保つため、また前を向いて進んでいくためにも、当時のグレには必要な防衛、精一杯の強がりだったのかもしれませんね。
いつもこのシーンを観ると、淡々としたグレの静かな語り口にもかかわらず、彼の心の傷口から血が吹き出しているように思えて、切ない気持ちになります。
努力は当たり前、の世界線
ストーリーが進んで、インターンになったグレは直属の上司から
「長所は?」
と聞かれ「努力すること」と答えます。
すると「努力なんて誰でもしている。
みんな必死で努力しているんだ。売りが努力では差別できないんだ、何が違う?」と、さらに畳みかけられます。
「努力した者が成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力している」(ベートーベン)
「一所懸命じゃなかったからプロになれなかった」というグレの思いを知ってから、このベートーベンの言葉を読むと改めて「努力」という言葉がとても重く胸に響きます。
才能も努力もあって一所懸命なのは当然の前提で、それでもプロ入りできるかどうか明暗が分かれてしまう。
「人生はなかなか思うようにならないもの」などと簡単に言えないくらい、当時19歳の青年には理不尽で残酷すぎる現実でした。
実社会に入り、グレは26歳にして再び「純粋な努力だけでは太刀打ちできない世界」の洗礼を受けます。
キャリアの変遷
では、グレのキャリアの軌跡を追ってみます。
たくさんのことを犠牲にして目指していたプロ棋士の道。年齢制限的に最後のチャンスだった対局で負け、ずっと目の前にあった人生の目的が突然なくなってしまったグレ。
高校卒業認定試験に合格はしましたが(もともと成績優秀で高校中退する時にも先生から学業を続けるように慰留された)大学に行く余裕はなく、学歴なし職歴なしカネなし、というハンデは変わりません。
就職難の韓国では、高校卒業の学歴では大企業の正社員職につくのはそもそも不可能に近く、不本意ながらも非正規雇用の仕事に就くしかないのです。
(それなので、学歴偏重はますます進み、大学入試が苛烈さを増すのです。
その辺りのことは、別のドラマになりますが『SKYキャッスル』や『二度目の二十歳』に描かれています。これらのドラマについてはまた別の機会に紹介したいと思います^^)
母子家庭の一人っ子、父が交通事故で急死し経済的に困窮したグレは、深夜コンビニでバイトをしながら囲碁の研究生を続けますが、囲碁の師匠からは「バイトを辞めて囲碁だけに専念するように」と厳しく忠告されていました。それでも、生活のためにバイトを辞められず、結局プロ試験不合格という結果に……😭
グレの転機〜終わりが始まり
グレのキャリアチェンジの過程には、その後を方向付ける転機と出会いがありました。
グレの転機を【ブリッジズのトランジション理論】に当てはめてみましょう。
あの「終わりが始まり」でお馴染みのブリッジズさんです。
【①終焉】韓国棋院を退所
研究生を辞め、プロ入りを断念します。人生の目標がなくなってしまいました。
【②中立期】兵役服務、除隊後はアルバイト
定職につかず(つけず)、生活のために昼夜問わず様々なアルバイトを掛け持ちする日々。
囲碁の為に高校を中退していたグレは、高卒認定試験を受けて合格。
周りの人たちにも「これからどうするんだ?」と心配されています。
【③開始】総合商社のインターン候補生に!
研究生時代に目にかけてもらっていた会社社長の伝手で、大手総合商社のインターン候補にエントリーされます。
沢山の候補生(グレ以外は全員大卒)たちの中から選考を通過した者だけが正式なインターンとして入社できるという、大変狭き門ではありましたが、グレは何とか選考をパスして、入社することになりました。
就職先が決まったことは大変喜ばしいことでしたが、同期3人は全員正社員採用なのに、グレ一人だけ契約社員採用になるという差別(大学卒業していないインターンが「前例なし」でそもそもがイレギュラーな採用)を受けます。それでも、大企業に入社できた、とグレの母は大喜びです!
グレは商社の新入社員として再スタートを切りました。
メンターとの出会い
グレのキャリアチェンジを考える上で、将来の方向性を決定づけた出会いがありました。
グレの配属先の上司となるオ・サンシク課長と、オ課長率いる営業第三課のメンバーです。
オ課長
営業三課のメンバーたち
社会経験に乏しく、コピーも電話も満足に取れない、外国語が話せるわけでもない、本当に真っさらな状態のグレに仕事を教えていきます。
特に、これまで囲碁という個人プレーしか経験のないグレには、チームワークを学ぶ機会がありませんでした。チームでどのように仕事を進めていくかを現場で叩き込まれます。
とりわけオ課長は、メンターとしてグレが憧れ尊敬する人となります。
メンターとは「人間的に信頼・尊敬でき、公私ともに安心して相談できる人」と定義されています。(日本メンター協会HPより引用)
オ課長はワーカホリックですが、己の昇進や出世のために働いているのではなくて、商社の仕事が好きで好きでたまらない、そんな仕事一徹な人です。
ある出来事をきっかけに、かつての直属の上司だった専務と対立しており、その専務のコネ(韓国語で「落下傘🪂」)で入社したグレに対して複雑な気持ちを持ちますが、殊更グレにきつくあたっていたのはそれだけが理由ではなかったようで……。
専務と対立するきっかけになったある事件で、オ課長は自分の部下(女性契約社員)を守りきれなかった苦い過去の経験があり、その部下とグレの姿を重ね合わせて、敢えて情をかけないようにしていたようです。
とはいえ、グレのひたむきさ、素直さ、やる気を知るようになり、オ課長のグレを見る目が変わってきます。
見どころのあるグレを育てよう、という気持ちになります。グレの存在がオ課長の気持ちを変えさせたのです。
メンティー(グレ)とのかかわりを通して、メンターが自らを省みたりすることで、メンターにも学びや変化の機会があります。メンティーだけではなく、メンター側も成長することができ、双方にとって得るものは大きいのです。
そう考えると、この出会いはグレだけではなく、オ課長の人生の方向性をも変えた、と言えるかもしれません。
未生、完生
ドラマのタイトルにもなっており、ドラマの中でも印象的なシーンの台詞で登場する言葉、未生(ミセン)。
韓国の囲碁用語で、「生き石にも死に石にもまだなってない石」のことをいいます。未生の対義語は完生(ワンセン)と言って「生き石」のことです。
(日本の囲碁用語では未生、完生とも聞いたことがありません)
囲碁は、一言で言えば陣取り合戦🏯
石で地を囲い、石の生き死にで陣地の大きさを競い合い勝敗を決めるのが囲碁というゲームです。
石が未生な状態というのは、まだ勝負がついていない地(地が確定していない)ということです。
これからの手次第で生き死にが決まる形です。形勢はまだわからず、生きる希望はあります。
インターンから二年の契約社員として本採用が決まったグレに対して、オ課長が屋上でいう台詞です。
⬇︎
知らないだろうが、こんな囲碁の言葉があるんだ。
オ課長はそう前置きして「未生」の話をしました。グレがプロ棋士を目指していたことなんて知らずにw
(グレはしばらく自分が韓国棋院の研究生だった過去を隠していました。だから余計にミステリアスな存在に思われたのですが)
グレはグレで、オ課長から囲碁がらみの話を聞いて、ハッとしたでしょうし、オ課長になにか運命のようなものを感じたかもしれませんね!
(それだけではなく、実はグレとオ課長は以前に意外な形で出会っているのです。そのことはお互いに知りません。ドラマの視聴者にだけ後で種明かしがあります。その辺の伏線回収の巧みさを見ても、このドラマの脚本がどれだけ素晴らしいものか、わかります!)
落下傘インターン(それも自分と対立している専務筋のコネ)で何もできないお荷物社員だと思っていたグレを、オ課長はやっと「うちの仲間」として認めてくれたのです。
さて、こうして営業三課で成長していくグレにさらなる転機が訪れ、「商社マン チャン・グレ第二章」が始まるのですが……その後の展開は是非ドラマをご覧になってみてください!
いわゆる韓国ドラマとは趣が違い(記憶喪失とか財閥御曹司とか出生の秘密とかの絵空事は全く出てきませんのでご安心ください)お仕事ドラマ、成長物語として純粋に楽しめます。
(ちなみに日本版リメイクは第一話でギブアップしてしまったのでよくわかりません……💦)
今回は、グレの転機を中心に書きましたが、実はこのドラマ、他にもキャリコン視点で書きたいことが盛りだくさんなのです。
主人公グレだけではなく、他の登場人物にもそれぞれの葛藤やドラマがあって、本当にこのドラマだけでいくらでも語れるし書ける……!
テーマを変えて、別の機会にまたこのドラマを取り上げたいと思っています。
最後までお読みいただいてありがとうございました^^