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アワタノハレゲ(竹書房マンスリーコンテスト優秀作)

「アワタノハレゲが出るぞ!はよ寝え!」

正月に親戚が集まると、毎年言われたと田辺さんがこんな話をしてくれた。

彼の父は親戚が多い。
盆正月に集まるのが決まりだった。

「その集まりが本当に大嫌いで」
理由は、大人がとにかく煩いと。

「酒でどんちゃん。テレビに出た女優のゴシップで大笑い、いない親戚の悪口でまた大笑い」
大人独特のコミュニケーションが嫌いだった。

が、楽しみもあった。

「親戚のお姉さん。毎年綺麗な着物で美人で、目が合うと笑ってくれるから凄く安心できて」
彼女は輪から微妙に外れない隅でぽつんと1人、にこにこ黙って話を聞いていた。

宵の口で宴もたけなわ。
親戚の一人が酔って赤い顔で彼に
「アワタが出るし寝ろ」と言う。

幼い彼は訛りがかった“アワタ”の意味が何度聞いても解らなかった。

ただこれ幸いと居間から逃げた。
ドアを開けた廊下、そこに、あのお姉さんがいた。

「あ!」
「寝るの?」
「うん」

着物から白檀のいい香りが漂う。
遠巻きに見ていたお姉さんが側にいるのが嬉しくてたまらなかった。

「いつもきれい、すごい」
「そ?ありがとう……」
「そうだ!あの……アワタって」

お姉さんなら知ってるかもと。
そこにタイミング悪く祖母が廊下を覗いた。

「アワタノハレゲが出るゆうたでしょ!」

その言葉にお姉さんを見上げると、彼女は祖母を睨んでいた。
なんだか気まずくなり「おやすみなさい」と挨拶し和室へ向かい、早々に眠りについた。

――…ぐ、ぐ、

田辺さんは腹を圧迫される感覚で目を覚ました。
身体が動かない。
薄目をあけると、お姉さんが顔を覗き込んでいた。

しかし。あの優しいお姉さんの顔の左、唇の端が爛れじくじく化膿し肉が蕩けている。
表情は怒り……いや、悲しみに満ちて、
――ぽた
顔の上に、何かが落ちた。

涙だった。
そこで、意識を失った。

目が覚めると、お姉さんは居なくなっていた。
夜の事は誰にも話せず、以降お姉さんと会う事はなく。

「何年も考えてた。アワタノハレゲって何だ?って。漢字を習ってやっと“痘痕の晴着”って言ってたってわかった。でも、そう言われて泣いてた」

だから。

「親戚の家に行った時“あの時は知らなくてごめんなさい。今でも凄く綺麗なお姉さんだと思ってる”って謝った」

その時、ふわりと白檀が香った。

「今は親戚と縁が切れてるんだけど」

不思議なことに、お正月やめでたい時に白檀が香ることがあるという。
今年も楽しみにしてる、と、田辺さんは微笑んだ。

――――

さて。珍しく今日は後書きがある。

本来この話は元旦にnoteに投稿しようと思い用意していたものなのだけれど、結局、投稿の日が伸びて今日になってしまった。

……何故かというとその時ちょうど竹書房さんでマンスリーコンテストなるものが催されているという事を知ってこの話はそっちに流してみようと思ったから。

結果はなんと優秀作を戴いていた。

怪談を書き始めて1ヶ月と少しの僕には随分と身に余るものを戴いてしまった訳ですが。はてさて。

そんなこんなで日が随分経ってしまったけれど、せっかくなのでコンテストに応募させていただいた“アワタノハレゲ”を投稿させていただく。

それにしても。
1000文字には収まるはずもない味わい深い話をここまで削ぎ縮めてしまってこの話には少し窮屈な思いをさせてしまった。申し訳ない。

その事が僕の心のささくれとして残っているので、いつか加筆修正版が出せれば……と思っている。

公開そのものを無料でなるべく頑張りたいため よろしければサポート頂けますと嬉しく思います。