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週間手帖 十頁目

2022.05.15

頼りない便りに立つ弁もなく、言葉は騒々しいだけで想像力は皆無。荒々しくて仰々しいそれ。傲慢に張り付く期待も、呆れた末に死体。たかが一筆、されど逸品。そんな大それた出会いもなければ、面と向かう気合もない。ありふれた文句はインクが滲んでおざなりってね。足元を見た議論ではなく目を見て異論を唱えてみなさい。世界はまた一周、君の知らないところでぐるりと回る。

2022.05.16

爪弾くギターに合わせて、意気揚々と歌ってマイボーイ。「しゃらくさいわ」はお決まりの文句。ああ言えばこう言うって、そう教えられてきたでしょう?気の抜けたサイダー、泣きたいくらいだ。ハッピーエンドになんて縋るだけ無駄。知ってるわ、ママ。愛はすぐそこにあるのね。

2022.05.17

南方向に527万歩、西へ472万歩進んだところで、足音に気付いた偉大なるマントルが項垂れた顔を上げることだろう。ひとたび深淵を覗けば、ステルス・システムに倣う発狂島人間が怒りの勢いで世界図書を改修している。内一名が「まだ終わらない」と発狂した。内二名が「まだ終われない」とさらに発狂した。金色を失った紙切れが頭上に落ちてきたところで、恐ろしいほどの時間が一瞬で巻き戻る。いつしか一冊の神話の中に紛れ込んでいたことに気付く頃、生温い問答を繰り返していた本当の狂人は目を光らせる。目の前に転がる美談と仮説は、神話のうちに過ぎない。

2022.05.18

額から流れてくる温度にじわじわと支配されていく、甘さのようなものがやけに苦しい。金色のベールに隠れて君の目を見ることは叶わなかったけど、湿っぽく揺らぐそれを見ずに済んだことにどこか安心した。あの頃からきっと、私は何一つ進めやしていない。

なんとなくで繰り返されてきた「またね」はくたびれた糸のようにいつだって頼りなくて、私たちはいつまでもどこまでも曖昧に、ゆらゆらと彷徨い続けてきた。確かな二人にはなれなくて、拭えない不安ばかりが募って、傷つけ合ったりもした。いつしか秘めた心では背負いきれないくらいまでに膨らんでしまったけれど、それでも私たちに何かを変えられるような力も勇気もなかった。

ぽたぽたと窓を滑る水滴が、身動きの取れなかった私たちに幕間の合図を知らせる。いつもはきゅっと上がった口角も今日ばかりは一直線に引かれていた。その顔もまた美しいとぼんやりと思いながら、我儘の一つも零さない君らしくなさに胸が詰まった。こんな生温くて未来のないものじゃなくて、まっさらに清々しく愛し愛されている方がよほど君らしいよ。そう気付いてからは早かったんだ、すべてを巻き戻すまで。

名残惜しい、なんて思うのは筋違いだ。その前に、とするりと身体を離して、ドアに手をかけたところで深く息を吸い込む。できる限りの柔らかさとしゃんとした声色で「じゃあね」と零してみたけれど、金色がさらりと落ちるだけで、深く項垂れた姿からは震える息しか聞こえなかった。その後微かに届いた過去形の五文字を、生涯忘れることはない、きっと、きっとだ。終わりはいつもあっけなくて、こんなものかとため息を一つ。そこらじゅうが痛くて仕方がないのもきっと同じだね。それはビルの隙間に浮かんだ白い月だけが知っている、なんてことない小さな夜の物語。

2022.05.19

灰色の夜を越えて、赤い扉を開いて微睡んで、何度目かの白んだ朝に出会う。首筋のかおりを忘れないうちにまた会えたらって、黒い心を剥き出しにして薄茶の髪を撫でた。紫の痣は耐えた印だって、君が青ざめた顔で言うたびに「どうしてほしいの?」と意地悪な質問をした。日向では美しいピンクの花も、黄色の陽の下では焼かれてしまう。七色の夢の向こうでいつか真っさらな二人で会えたらな、なんて期待もしない絵空事をモノクロの視界に浮かべた。

2022.05.20

素敵なものばかりを集めて生きよう。星屑のダンスに導かれて、ドラマチックで安易な逃避行。雨とミルクで育ったからだで、迷い子を甘く包み込んであげる。真夜中の体温だけでは救われない。本当に欲しいものはありきたりじゃない。

2022.05.21

フェイストゥフェイスで語り合うの、お互いのあれそれ。心はいつか色づいても音にはならないから、綺麗も汚いもずっと秘めたままだね。君だけのエンターテイナーになってとろけて、好きとキスがはしたない。赤い月が垂れる今宵に月のワルツを捧げるあまのじゃく。そうして眠るまであと少し、



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