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週間手帖 十一頁目

2022.08.01

五線譜をはみ出した激情に、50音でまとまらないこころ。そこに溢れるものを知りたくて、見せたくて、分かり合いたくて、出会うそのときを待ってる。ひとときだけ同じひとになれるような、魔法の時間を待って奇をてらう。君のなかから絶え間なく音が鳴っていて、柔らかい音色がぼくらを誘うんだ。不器用に言葉を交わそう、不確かな未来をつなげよう。

2022.08.02

“暴力性”は魅惑にも嫌悪にも転じるような複雑な性質で、心底厄介だと思う。例えば床にビール瓶を投げつけて割れる様と音にぞくぞくしたいけど、それで人を傷つけたくはない。けれど傲慢で中途半端にへつらう人には鋭利に研いだ言葉で刺したくなる。どちらの方が危険性が高いかと問わると、これまた悩ましい。どちらだって人の命を奪うことができるって知ってしまっているから。その恐ろしさを、私たちは常に胸の内に飼いながら生きている。

2022.08.03

慣れた手つきで煙草に火をつけて、細い身体の線がすらりと空に伸びた。違和感だって意外性だって何ひとつないのに、初めて見た光景みたいでどきどきする。お酒も浴びるように飲むし執着しない淡泊主義だし、夢は見ないひとだし。大きな口であどけなく笑う顔と試すようになめるその目と、頭に残る甘ったるい香りと、そのすべてに絆されて、なくてはならなくなって、いつしか私の知らないわたしだらけ。

2022.08.04

夏を繰り返しても心と身体はひとつになんてならなくて、後味の悪さだけが口に残った。思い出せない顔がいくつも増えていくのに、消せないものだけはいつまでも大事そうに抱えている。季節外れの炎に、じんわりと焼いた思い出たちに不幸せだと泣いて、知らない顔をした。透き通る青に、黄色で呪いの言葉を書く。今はただ身を焦がして、終わりのない水の中をひたすらに泳ぐだけ。

2022.08.05

月がきれいだからなんだと言うのだ。飄々として、ロマンティシズムはどこか遠くに置いたまま。その美しさは作られたものじゃないって、君を見るたびにいつもそう思わせられる。華奢な脚もふくよかな頬もどうだって良くて、ただひたすらにその才能に噛り付きたいし、喉元を啄んで血の流れを感じたい。大切なものを壊すことはしないと約束するから、一つひとつ触れさせて。君が生きている証拠を見つけることができたら、私の人生が百八十度変わる気がするからさ。

2022.08.06

たしかな自信を積み重ねても、また重ねて。それを狙うようにまたどこからか不幸が押し寄せては、ぐらりと足元が揺らいでしまう君を何度も見た。それでも誰も傷つかないように一つひとつ言葉を選んでは、すべてを背負って矢面に立つ君を何度も見てきた。きっと君は何でもできるわけじゃないけど、そこに君があれば何だってできるひとだ。心とからだを緩めて、労わりとやさしさで満ちた時間に世界を忘れて。完璧と不完全が入り混じる傷だらけの背中が、大いなる祝福にふわりと包まれることを、今日も明日も、世界の片隅から世界の片隅へと願うんだ。



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