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時空の果て ブラックホール

極端に大きな重力のために光さえも脱出できない天体、それがブラックホールです。ブラックホールは、もともとはアインシュタインの一般相対性理論から導かれた理論上の産物でした。しかし、近年の観測により、この宇宙に本当に存在することが確実になりました。

 2017年には地球規模の巨大な電波干渉計「イベントホライズンテレスコープ」が超巨大ブラックホールの影の直接撮像に成功しました[1]。大きなニュースになりましたから、記憶に残っている方もおられるかもしれません。

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(c) EHT Collaboration

 2019年には重力波観測所Advanced-LIGOとAdvanced-Virgoにより、太陽質量の100倍を超える中間質量ブラックホールがブラックホール同士の合体で作られる様子も観測されています[2]。

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(c) R. Abbott et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration)

 実は、その50年ほど前、1970年代には、X線などの電磁波の観測によってブラックホールの存在が間接的に示されていました。

ブラックホール、どうやって見つける?

 何もない空間を一人ぼっちで漂っているブラックホールは電磁波を出しません。独りのブラックホールは、可視光はもちろん、電波でもX線でも、電磁波を使って見つけたり、観測したりすることはできないのです。
 一方、ブラックホールのなかには、周囲にガスがあり、そのガスを吸い込んでいるケースがあります。このような場合、そのガスがブラックホールに落ちる直前に非常に明るく輝きます。

 ガスがブラックホールに対して角運動量(回転する勢い)を持っていると、ガスはブラックホールに向かって一直線に落ちるのでなく、渦を巻きながら落ちていきます。その過程でできるガス円盤のことを「降着円盤」と呼びます(図1)。

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図1: ブラックホール降着円盤の想像図 
(c) NASA/JPL-Caltech

ブラックホールの近傍では、降着円盤はガス同士の摩擦により1千万度以上の温度にまで加熱され、強いX線を放ちます。このX線を観測することで、ブラックホール極近傍の極めて強い重力場の中でのガスの状態や運動の様子を調べることができます。またその観測を通して、ブラックホールそのものの性質についての情報も得られます。

 これまでに見つかっているブラックホールは、以下の三つに分類されています。

  1. 星質量ブラックホール:非常に重い星が超新星爆発を起こしてできる、太陽質量の数倍〜数十倍のブラックホール

  2. 超巨大ブラックホール:それぞれの銀河の中心にあり太陽の100万倍を超える質量を持つブラックホール

  3. 中間質量ブラックホール:1と2の中間の質量を持つブラックホール。

 この記事では「ブラックホールX線連星」と呼ばれる、降着円盤を持つ星質量ブラックホールの活動について紹介することにします。

ブラックホールX線連星

 ブラックホールX線連星は、太陽のような普通の星とブラックホールがお互いのすぐ近くをまわり合う天体で、我々の住む天の川銀河の中に数十天体見つかっています。

 図2のように相手の星のガスがブラックホールに少しずつ落ちてゆき、ブラックホールの周囲に降着円盤を形成します。これまでに見つかっているものの多くは普段は非常に暗いのですが、数年〜数十年に1度、わずか1週間ほどの間にX線で1万倍以上も明るくなることがあります。

図2:ブラックホールX 線連星の想像図。斜めの細い線状の構造は、高速で噴き出すジェットである。
(c) ESO/L. Calçada/M.Kornmesser

このとき、降着円盤のガスがブラックホールへ一気に落ち、また、高速でガスが噴き出します。ガス噴出流には主に2種類あり、一つは降着円盤とほぼ垂直に細く絞られて噴き出す「ジェット」、もう一つは降着円盤に沿って噴き出す「円盤風」です。

ブラックホールの中心付近から噴き出すジェット

 ジェットのスピードは、光速(約30万km/s)の90%を超えることがあります。主に電波で観測されますが、特殊なケースではX線でも観測できます。

図3:X線連星 SS 433 の X 線スペクトル。過去の観測結果にもとづいて、XRISMで観測した場合にどのように見えると期待されるかをシミュレーションしたもの。近づいてくるジェット(青)と遠ざかるジェット(赤)が出す輝線が見られる。緑色の細い輝線は降着円盤由来のものと考えられている。


 図3 は、その一例、X線連星SS 433のスペクトルです。この天体は、わし座の方向に位置し、地球から18000光年ほどの距離に位置します。ジェットが出す輝線が見られ、私たちに近づく方向と遠ざかる方向に噴き出すジェットの成分が、それぞれドップラー効果により本来のエネルギーより高い方、低い方にずれて観測されます。

私たちは、XRISMを用いて、この輝線を詳しく観測し、
1)ジェットの根もとで噴き出すガスがどのように絞られているのか、
2)ジェットにはどのような元素がどれだけの割合で含まれているのか、
を調べようとしています。

噴き出すメカニズムは謎 ー 円盤風

さて、もう一つのガス噴出流、円盤風は降着円盤に沿って数百〜千km/sの速度で噴き出します(図4)。

図4:ブラックホールX線連星から噴き出す円盤風(降着円盤を覆う青白い構造)。ブラックホール近傍から放たれたX線が円盤風のガスに一部吸収され、図4のような青方偏移した吸収線が生じる。
(Illustration Credit: M. Weiss (CXC), NASA)

 円盤風は、主に降着円盤を縁の方向から見ている天体で、私たちに向かって噴き出しているガスが、ブラックホール近傍からのX線の一部を吸収することにより、もともとのエネルギーよりも少し高い方にずれたX線の吸収線として観測されます。

 実は、円盤風が噴き出す仕組みは、まだよくわかっていません。降着円盤の磁場が及ぼす力により噴き出すという説(磁場駆動説)や、降着円盤が出す放射による圧力を受けて噴き出すという説(放射圧駆動説)、ブラックホール近傍から放たれたX 線により、降着円盤の外側部分(ブラックホールから離れた部分)のガスがあぶられて加熱され、運動エネルギーが増すことで噴き出すという説(熱駆動説)があります。

 図5は、南天のじょうぎ座に位置するブラックホールX線連星 4U 1630–472について、XRISM で見た場合のスペクトルを予測したものです。

図5:ブラックホールX線連星 4U 1630–472の円盤風の吸収線。過去の観測結果にもとづき、XRISMで観測されるスペクトルをシミュレーションしたもの。


 私たちは、XRISMによる観測で、真の噴出メカニズムがわかると期待しています。それぞれの仮説で、予測されるガスの噴出速度や円盤風が生じる場所などが異なるため、吸収線の構造を詳しく調べれば、三つの仮説を区別できるはずだからです。

 また、その測定結果を用いて、円盤風によって周囲にまき散らされるガスやエネルギーの量を推定し、ブラックホールの活動が周囲に及ぼす影響や、ブラックホールに最終的に吸いこまれるガスの量(ブラックホールが太るスピード)も明らかにしようとしています。

 円盤風が噴き出す仕組みを調べるための観測ターゲットは、ブラックホールX線連星です。円盤風由来の吸収線は活動銀河核でも見られるのですが、一般的にはブラックホールX線連星の方がはるかに明るくなるため、吸収線の細かい構造をより詳しく調べるにはブラックホールX線連星のほうが都合がよいためです。

 ただし、ブラックホールX線連星からのガス噴出をXRISMでとらえるためには、X線で明るくなった時期を見計らって観測しなければなりません。しかし、具体的にどの天体がいつ明るくなるかを予測することは非常に困難です。
 そこで、空全体で見張っておき、ブラックホールX線連星の明るさの増加をすばやく見つけ、XRISMの観測につなげる必要があります。そのような役割を担う装置として、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に取り付けられた全天X線監視装置MAXI や、米国のSwift衛星などがあり、これらと連携した観測も検討しています。

おわりに

 ブラックホールは周囲のものを何もかものみ込んでしまうモンスター、ではありません。時にブラックホールの周辺からは非常に高速でガスが噴き出て、周囲に莫大な量の物質やエネルギーがまき散らされています。
 しかも、超巨大ブラックホールがそのような活動を引き起こすと、銀河や銀河団の構造形成にも大きな影響を及ぼします。その影響は、宇宙が進化し、今ある姿になるために重要な役割を果たしたと言われています。
 超巨大ブラックホールがガスをのみ込み、噴き出しながら光り輝く「活動銀河核」の構造や、超巨大ブラックホールと銀河の成長との関わりについては、改めて、noteに記事をアップする予定です。

[1] “First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole”, Event Horizon Telescope Collaboration, The Astrophysical Journal Letters, 875, L1 (2019)
[2] “GW190521: A Binary Black Hole Merger with a Total Mass of 150 M⊙”, Abbott et al., Physical Review Letters, 125, 101102 (2020)

(執筆:志達めぐみ)

▼ブラックホールをテーマにしたオンライン講演会(2021年11月7日開催)オンデマンド映像



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