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好みすぎる中国古代史ミステリー。『蘭亭序之謎』唐隠著、立原透耶監訳

中国の長い歴史の中でも、一番華やかな時代のイメージがある「唐」。7世紀から10世紀まで、日本でいえばざっくり奈良・平安時代です。このミステリーの舞台は、めちゃくちゃ栄えていた唐が、楊貴妃を愛したことで有名な玄宗皇帝の時代に起きた安史の乱の後、だんだん力が弱まって、帝国としてのまとまりが崩れていく時代です。

そして、この本の謎の中心になる「蘭亭序」は、有名な書聖・王羲之の作品。王羲之は4世紀前半の人なので、日本でいうと大和朝廷の頃。前方後円墳が作られていた時代です。王羲之の死後、彼の作品はどんどん神格化されていき、250年後の唐の時代には、兄を殺して皇帝の座についた李世民(太宗)が、王羲之の書を愛しすぎて、ほぼ全ての彼の書を蒐集します。

ところが、有名な「蘭亭序」が、どうやっても李世民の手に入らない。どうしても「蘭亭序」が欲しかった皇帝は、家臣に命令して王羲之の子孫で僧の智永の弟子(弁才)から「蘭亭序」を騙し取ったとか。李世民は世を去るにあたり、自分の陵墓に「蘭亭序」を副葬させたので、王羲之の「蘭亭序」は真筆が実在しません。なんかもう、この歴史事実だけでお腹いっぱい。ミステリー部分がなくても、小説として十分成立しそうな気がします。

さて、ようやく本書の内容です。主人公・裴玄静(ペイ・シュェンジン)は、小さい頃から賢くて、周囲の大人が驚くほどで「女神探」(女名探偵)と言われていました。親は地方の官僚なので、そこそこのお嬢様だったのですが、母が死に、継母がやってきて不遇の身になり、さらに理解者だった父親も亡くなったことで、結婚を口実に継母に家を追い出されてしまいます。

お嬢様のはずなのに、たった一人で嫁入り道具もなく、長安の都に住む叔父のところへ向かう羽目になった裴玄静。初めての旅で不運が重なり、人が亡くなる現場に居合わせ、意識を失います。叔父の家で目覚めた玄静は、事件の現場がきれいさっぱり片付けられていることを知り、驚きます。

やさしい叔父、叔母に反対されながらも、破談になった婚約者をたずねて行きたい玄静は、叔父の友人で宰相の武元衡の強力を得ることに成功。ところが、今度は叔父と武元衡が襲われ、武大臣は暗殺されてしまいます。そして、武大臣の死後、玄静に届けられる最後の言葉。彼女は武大臣のダイイングメッセージ(!?)を解こうとすることで、宮廷の政争に巻き込まれていくのです。

不慣れな長安の都で、玄静を助けてくれるのは謎のイケメン崔淼(ツイ・ミァオ)。頭が良くて、行動力もそこそこで、医者としては信頼できそうだけど、いろいろあやしい人物。かなり私の好みです。そして、主人公の玄静も、彼を信頼したいと思いつつ、彼の行動をしっかりチェックし、推理し、騙されないところが最高です。

私の好きな物語の中華女子は、イケメンだろうが、親戚だろうが、きっちり見極められる賢さと、目的のために突っ走る情熱を持つ主人公。そうでなくても、李世民が出てきたところで、『長歌行』の李長歌(李世民に父母を殺された李建成の娘)を思い出し、ワクワクがとまりません。

ただ、玄静は武芸を嗜んでいないので(注:普通の深窓のお嬢様は、武芸を嗜みません)、私の脳内イメージの玄静は、長歌を少し大人にしたビジュアルで、性格的は『天官賜福』の雨師篁の「落ち着き」要素を加えた感じ。一途に婚約者だけを想うところとか、黙って行動で意志を貫く強さとか。

それから聶隱娘(ニェ・インニィアン)。聶隱娘といえば、武侠物で超有名な女刺客ですが、私は台湾の侯孝賢監督の映画『黒衣の刺客』で知りました。というわけで、私の脳内の聶隱娘は、舒淇(スー・チー)。こっちも強いぞ!手強いぞ!

それ意外の、さりげないツボとしては、空海も少し出てくるところ。なんといっても、書聖の「蘭亭序」がミステリーの謎ときになっている物語ですし、ちょうど空海が日本に帰ったすぐくらいが小説の舞台。能書家で有名な空海は、当然出ます。中国でも夢枕獏さんの『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』が中国で映画化されて、ヒットしました。

あ、でも私の書道知識は大昔に読んだ石川九楊さんの本のほかは、『とめはねっ!』だけです。でも、十分おもしろく読めるので、中国の歴史や古装ドラマだけでなく、書道に興味がある人にも、この本はおすすめかもしれません。

そして、上下巻一気読みして、いい感じにラスト数ページまで進んできて、よしよし、謎解きはいい感じに終わって、主人公たちの人間模様はどう着地するのかと思いきや。下巻311頁のラスト1行でのけぞりました。まぢか……

中華テイスト満載で、上・下巻600頁以上読んできたのに、ラスト1行が昭和の江戸川乱歩のミステリー小説というか、少年探偵団の読み物みたいってどういうこと!?。いえ、原文はちゃんと想像つきますけど(泣

この『蘭亭序之謎』は、原作のタイトルが『蘭亭序密碼』。密碼部分には『ダ・ヴィンチ・コード』のように「コード」とルビがふってあり、大唐懸疑録シリーズとあります。そして、翻訳されているのは今回読んだ『蘭亭序之謎』だけで、裏表紙の見返しには、シリーズ未翻訳の『璇璣図之謎』、『長恨歌之謎』、『推背図之謎』の題名が印刷されています。

というわけで、台湾の博客来の会員な私は、このシリーズの電子版が今すぐポチれる誘惑と闘っています。年末年始の帰省は、フェリーで往復6時間。さあ、どうする!? 


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