映画『怪物』レビュー(ネタバレあり)
とても大きくて、とても繊細な物語。
本当は公開初日に観に行きたいくらい楽しみにしていたのだけど、なかなか調整ができず、ようやく観ることができた。
ネタバレは見ることなく作品を観れたんだけど、カンヌ国際映画祭でクィア・パルム賞を受賞というまさかの角度からのネタバレがあり、そういう話なのかな、というのは薄っすらよぎりながら観ることになった。
ただ、それでも凄く面白かった。これはたしかに脚本が見事と言わざるを得ない。
正直是枝監督作品であることを忘れるくらい、物語と構成とキャラクターが凄かった。カンヌの脚本賞受賞も頷ける。
黒澤明監督の『羅生門』的構成とも言える、様々な人物の視点から描かれる出来事。
誰かの視点だけでは物事の本質は見えてこない。この映画のテーマを描くには非常に適した構造だったと思う。
「少年の性的指向の自認」という大人の同性愛よりもナイーブで描く難しさがあるものを描いたこと、そして組織の都合のいい考えと、シングルマザーだからこその視点や考えという、いろんな意味での「怪物」という、とても大きなものが描かれた作品だった。
映画でも漫画でも、「少年の同性愛の自覚」というものを描いたものは無くはなかったと思うが、ここまで繊細でリアルに描いているのは無かったと思う。
子どもというまだ未熟で繊細な時期のことという、そう簡単に手を出すべきではない領域に挑み、それを丁寧に繊細に描いていたのは、さすが坂元裕二であり、是枝裕和の演出力だったと思う。
また性愛だけでなく、少年少女たちの人間関係もリアルだった。
坂元裕二はまだ少年少女のリアルな人間関係も描けるのかと感嘆した。
周りは圧倒的に異性愛者が多く、そして大人の男からは「男」というものへの固定観念を押し付けられ、まだ大人ではない子どもの頃に自分が同性愛者であることに気づきつつあること気づいたときの葛藤たるや大変なことだと思う。
同性愛者ではないけれど、自分も男らしくない体と、女子と仲良くなることの方が多かったことから、「男らしさ」という言葉には敏感だった。
この映画はそんな「男らしさ」についても、強く描かれている印象があった。
しかし、少年・教師・母、どの角度から見ても、これは「一人でいる人間」の物語だったと思う。少年たちはそれぞれ一人で想いを抱えつつ引き離されたり、教師も恋人からはあまり相談に乗ってもらえぬまま最後は一人になり、母も知り得た情報の中で一人で立ち向かった。
どんな立場であれ、どんな環境であれ、一人はつらい。
タイトルにもなっている「怪物」は、自分の持つ常識や価値観からすれば他者は異形のもの、すなわち怪物に見えるかもしれないが、それは所詮固定観念による偏見でしかない。
実際には「怪物」なんて存在しないし、それぞれが、それぞれの幸せのために生きている。
最後に迎えた「二人の少年」の姿。彼らはきっと、誰でも手に入れられるべき「幸せ」をようやく手に入れたのだと思う。
役者陣もよかった。なかでも安藤サクラさんは、こういう生々しい女性を演じるのが上手い。アイドル的な人気を持つ女優のようなビジュアルではないからこそ、こういうリアルの表現が圧倒的に上手い。
そしてさり気なく出てきた野呂佳代もよかった。最初「野呂佳代!?」という驚きでちょっと笑いそうにもなったが、よくいるママ感がとても出せていたと思う。
そして何より少年役の二人、麦野湊役の黒川想矢くんは初めて見たけど上手かったし、是枝監督の『万引き家族』の城桧吏くんを思い出した。たぶん似たようにこれから活躍できると思う。
作品では見たことなかったけど、舘ひろしさんの事務所に自分から入れてくれるように頼み、実際に入っちゃったという面白いことをやった少年というのは知っていたので、今後の活躍も期待したい。
それから柊木陽太くんは、個人的に『最愛』や『ミステリと言う勿れ』や『PICU』という好きなドラマに出ていたこともあって名前は覚えていた。特に直近なのもあり『PICU』の役が印象的だけど、この映画とは180度違う性格の男の子を演じていたので、上手いんだなぁと改めて驚いた。
本当はもっと言語化できるといいんだけれど、この映画は余韻が凄く、どうも言語化も難しい。
それは理解できていないというより、作品のことを表現する正しい言葉が見つからない。
とにかく余韻に浸かり、坂本龍一さんの曲を聞きながら、もっと自分自身も作品に寄り添ってみたいと思う。
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