侵略するポテト

自分が今食べているものは、自分の体の細胞を作るための栄養素になる。

ということは、口にした食べ物はぜんぶ私になるということで、そのことを頭だけでわかっているのと、自覚的に「〇〇を食べ、私自身を作ろうとする」のとでは結構な違いがあるように思う。野球選手が正しいスイングをすれば打てることを頭でわかっているのと、わかったうえで自分がそれと同じように振れるかどうか、というくらい違うと思う。

私は炭水化物が大好き。お父さんの実家が米農家だから、お米は特に大好き。ごはん、おもち、パン、そうめん、パスタ、そば、うどん、ピザ、ポテト、ホットケーキ、シリアル……主食と呼ばれるものはどれも大好き。きっと生来、穀物の類が好き。でも多分、今の労働状況からして私はあんまり炭水化物を摂りすぎてはいけないことも分かっているはずだ。

でも、じゃあどうしてこんなに炭水化物が好きなんだろう?と思っていたら、こんな記事を見つけた。パンデミック下においてヒトはどうして炭水化物を食べたくなるのか?という考察。

その1、脳がストレスを解消する時、脳の報酬系を刺激するドーパミンやセロトニンなどのホルモンを放出させる。炭水化物にもそれらのホルモンを放出させる作用があるようで、同じ構造からストレスを解消しようとしている。

その2、よくある話。生き延びるために、本能的にエネルギーを溜めこもうとする。

その3、気持ちを落ち着かせるために料理をしたり、思い出の味を再現したりするなかで炭水化物(お食事系)を作っている。

なるほどと思った。特にその1はとてもお気に入りの分析だ。自分が無意識に行動していたり、癖でやっていることが脳によって引き起こされている信号だと紐解かれると、なんとなく落ち着く。その2の本能というのは、ちょっとアンコントローラブルな感じがするので、そんなに好きではない。その3に関しては、料理を作ってリラックスできるなら皆したらいいと思う。メンタルヘルスの病院はレストラン調にして、めちゃくちゃ美味しいご飯を作るレッスンを組んだらいいと思う。でもそれは全然主題じゃないので割愛。

かんじんの主題。最近、なんだかとってもポテトを魅力的に感じている。私は今日、ポテトニョッキを作った。まずポテトを茹でて潰し、小麦粉と混ぜて形をつくり、出来上がったニョッキをたっぷりのお湯で茹でたらトマトソースと絡める。とても美味しい一皿で、我ながら満足だ。

ところで、ポテトって調理が意外と面倒だ。泥臭い皮を剥き細かい芽の元をくりぬいたら、中身はぬめっとしていて水にさらさないといけないし、わざわざ蒸したり、茹でたりの下準備をして柔らかくしてから揚げたり焼いたり、まして潰してパスタにするなんてめちゃくちゃ手間がかかるし、そして芋はどこまでいっても芋味だ。

けれど、どうしてか家にポテトを切らさないようにしている。蒸気をまとったポテトのほくっとした幸せを心待ちにしているし、油で熱したポテトのカリッとした香りにそそられている。普段食べないのに、ポテトチップを長い筒で買っちゃったりもしている。それで一気に食べちゃって、アゴ周りの肌がめちゃくちゃ荒れて落ち込んだりもしている。

では、最初の話に戻る。

自分が今食べているものは、自分の体の細胞を作るための栄養素になる。

私は、いま私の体の何パーセントがポテトなんだろう? と考えてみた。そしたら急に怖くなってきた。私は、もしかして、ポテトによって構成されはじめているんじゃないだろうか? (勿論ほかにもトマトとかタマネギとか食べているし、そんなことないことくらい分かっているんだけど)考えだしたら私の体内でポテト軍の快進撃が止まらない。私の細胞のいくつかは、もはやポテトでできているのかもしれない(そしてこれはきっと真実)!これからポテトの摂取量が増えれば増えるほど、私という要塞はポテト製になっていくのかもしれない!もしかすると、何日も治らないアゴのニキビからいまいましいポテトの毒芽が生えてくるのかもしれない……!

…と、そこで気づく。あれ、実は私は、もうすでにポテトに侵略されているのではないか?と。炭水化物が好きなのも脳が欲しているからなのだとしたら、私が意識していないところでポテトを欲しているのかもしれない…。

それに、もし、の話だ。私が今、ポテトにご執心であるということを、もしポテト側も知っていたとしたら……?

私の脳は、もうすでに何パーセントか、ポテトにパラサイトされているのかもしれない。ポテトが仕組んだ何かしらの秘密の組織の、ヒト侵略作戦に、人知れず私は巻き込まれているのかも知れない。そういえば、こんなツイートを見た。海外のZoom会議で、上司がポテトになったまま戻らなくなったのでそのまま会議を続行した、というやつだ。人々は皆ジョークだと思って微笑ましく「RT&いいね」しあっていたけれど、実はあの上司という人も、ポテトに侵略されたまま元の姿に戻れなくなってしまったのではないか……?

かの有名な生物学者リチャード・ドーキンスは、遺伝子を利己的(selfish)であるといった。植物には脳や心臓こそないけれど、遺伝子はあるじゃないか。もしかしたら、こんな状況のどさくさに紛れて、ポテト達は私をはじめとするヒトの世界を完全に乗っ取ろうとしているんじゃないだろうか。ドーパミンやセロトニンを麻薬的に処方して、手始めに私の脳を麻痺させようとしている真っ最中なのではないだろうか?

COVID-19が先か、侵略するポテトが先か。それともお家のなかで映画を見たり本を読んだりしすぎて、SF的な想像がパンパンに膨れあがった私の脳がいかれてしまうのが一番早いか。私には分からない。もうすでに私は、ポテトなのかもしれない。