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選択する 三回目

無事高校を卒業し、親元を離れて長野の山中にある専門学校で寮暮らしが始まりました。

専門学校での時間はここで書くととても長くなるので簡単に言うと、本当に濃厚で、学業もそうですが学友たちとも本当に楽しい時間が過ごせました。
常に自分の選択したガラス工房に入り浸っては先輩や先生の制作を後ろから眺めていました。時々は手伝ったり何故そうしたりしているのか、授業中では聞けないようなことも隙さえあればくっついて聞いて、観ていました。
周りに娯楽はないので、学校での生活に集中できたのもよかったと思います。校内には他にも、ステンドガラス・木工・金属・陶芸・モザイクと他素材の工房があったので空いてる時間はその他の工房の先生や学友たちとお茶を飲みながら交流してました。
学校の裏にある寮では、学生も先生も助手も事務の人も皆一緒に暮らしていましたがそれぞれが程よい距離感で、寮のロビーでは皆と交流があったりととても有意義な時間が過ごせたのは今となっては本当にいい思い出です。
残念ながら今はその専門学校は私の卒業とともになくなってしまいましたが、3年間その学校で生活し学べたことは私の人生の中でとても大事な時間になったことは間違いありません。

しかし、ガラスの世界は広いことに気づき始めた私はその学校を卒業して就職するという選択肢ではなく、ガラスの違う表現を学ぶため今度は富山にあるガラス学校に行くことを考えていました。
周りの人たちと相談しながら、受験に備えて実技の練習も(デッサンと立体)放課後や、卒制の合間に様々な人に助けてもらいながら準備をしていきました。親からしたら就職もしないでまた学校なんて行くのか?と色々制約はつきましたが、自分の意志と責任で富山の学校に行くことを決断しました。

高校入試以来の久々の実技試験でしたので、当日は緊張しましたがやりがいはありました。なので合格発表で自分の番号があったときは素直に喜び、応援してくれてた人たちにもすぐに感謝を伝えました。
次の私の生活は山の中から出て、北陸の富山に移動します。
長野の澄んだ青空がどんなに素晴らしかったか、私はこの後気づくのでした。

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