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#短編小説
果たして心は誰のものか
「嫌い……というか、うちは気持ち悪いなぁって思うわ」
自然に告げられた一言に思わず心臓がドキッと跳ねた。話題を振ったのは僕なので自分に言われたわけじゃないと分かっていても過剰反応してしまう。それを口にしたのが優等生を絵に描いたような女の子——クラスでの彼女の立場から僕もみんなも委員長と呼んでいる——なら尚更。テスト終わりで賑やかな教室、身体は横向きに上半身を後ろの僕に向けた彼女の声は、小さいの
やっちまったと笑えない
底冷えに加え、諸々の事情——大抵は仕事関係ではなく最近発売したゲームのやり込みにハマってるからだが——で、すっかり夜更かしが日常になった俺は当然のように風邪を引いた。鼻水が昼夜を問わず溢れ出し、喉が痛いあまり飴を欠かせない。咳も結構出るので常時マスクも付けざるを得ず、自業自得とはいえ不便な生活を送る羽目になった。それだけなら、まだ良かった。病院に行って薬を貰って、すぐに完治はないしろ、状況は好転
もっとみる近くて遠い、世界の話。
行き帰りの乗り物の待ち時間に昼休憩。帰ってからもお風呂が沸くまでや寝る前にスマホを手に暇を潰すことが多い毎日を送っている。操作が楽で札束で殴る予定はなくてもそれなりに満足出来るソシャゲや、ぼーっと見れて、気になったシーンだけちょこっと巻き戻せばいい動画も面白い。けどどちらもある程度時間は必要だから、タイムラインを眺める回数が多かった。投稿を一つも見逃したくない、というタイプではないので、適当に流
もっとみる真実はどこにあるでしょう?
わたしの気になる彼は周囲からよくまるで猫みたいだと表現される。それは何か頼まれたときに決まって「気が向いたらやるよ」と返すことだったり、ゲームとかドラマとか流行りに飛びついては誰より詳しく、他は何も目に入らない様子で熱中するのに一番飽きるのも早いことだったりする。それと特にお金持ちではないらしいのに、どこか品があるというかさり気ない仕草がきれいなところも、とても目を惹いた。かといって近寄り難くも
もっとみる探偵のあるべき姿とは
コホンと隣に立つ青年が咳をしたのが聞こえる。殺人事件の容疑者が集められたこの部屋には私の部下を含め七人もの者がいるが、そうと思えないほど静まり返っていた。滔々と語るのは有名大学の大学院生で協力者でもある、推理小説における探偵役の彼だけ。が、誰かが生唾を呑み込む音に続いた発言に私は度肝を抜かれることになるのだった。
「では、肝心の犯人ですけど……それは警部殿にお任せしましょうか!」
「……はあ!
当たり前にそこにあるモノ
「……あ?」
とそんな間抜けな声が俺の口をついて出る。秋なんて初めから存在しなかったかのように暑さはすぐに寒さへと置き換わって、必要に迫られない限り朝出かけるのは勘弁だと、そう思って昼前にアパートを飛び出した平日。電車に乗るのさえも億劫だが仕方ないと割り切って、上着のポケットに手を突っ込みながら歩道を歩く。ただ久し振りに浴びる陽が眩しくて手を翳したら、視界の端に当たり前だが青空が映り込んで、そ
目には目を、歯には歯を
その一言はいつものように、散々もったいぶった上で吐き出された。これはとっておきの秘密だ、他の奴には内緒という前振り後に。いつも通りアタシも何々と目を輝かせてソイツを見返した。
「実はオレ、お前のこと好きなんだよね」
そう耳打ちされてアタシはへぇと頷いた。
「おいこら、へぇって何だよ、へぇって!」
「もう、その手の嘘には乗りませーん」
アタシは言いながら嫌々と頭を振り、耳を塞いで聞こえ
今日も雨が降っている
ふと意識が浮上する。何か夢を見ていたような気もするし、そうでもないような気もする。ただ近頃はしょっちゅうの冷や汗はかいておらず、自然と安堵の息が零れ落ちた。体温で暖まった布団の中でもぞもぞと身じろぎし、目を閉じて二度寝を試みるも、瞼は重たいし頭はぼんやりするのに、何故か一向に睡魔が訪れる気配は無いまま。無駄にじっと天井を眺めているだけの時間が惜しく思えて、シーツに手をついて緩く上半身を起こした。
もっとみる一周回って見えた景色は少し違っていた。
もしもこの叫び声を文字に起こせって編集者さんに言ったら、絶対死ぬほど困ると思う。なんせ後から聞き直している俺自身が思わずヘッドホンを外したくなるほど、聞くに耐えないレベルだ。それまで静まり返っていたコメント欄に物凄い勢いで「あーあ」の一言が流れていく。でもってガタンとコントローラーを置いた音。視聴者は多分絶句しているように感じるんだろうけど、実際はミュートにしてるだけでしてなかったとしたら「お前
もっとみる海で生きた日々を偲ぶ
両親から与えられた道具を携え、初めて見たその世界はあまりに広大で胸が高鳴った。ぐるりと視線を巡らせども視界いっぱいに水面が続き、それが陽の光を浴びて輝く様はひたすらに美しい。僕はただここに来る権利を手に入れただけであり、数多の人の手によって創造されたこの景色の尊さを、きっと真の意味では理解出来ていやしないだろう。それでもウズウズと今にも飛び込みたがる自らの体をその場で足踏みするに留め、準備に取り
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