当たり前にそこにあるモノ

「……あ?」

 とそんな間抜けな声が俺の口をついて出る。秋なんて初めから存在しなかったかのように暑さはすぐに寒さへと置き換わって、必要に迫られない限り朝出かけるのは勘弁だと、そう思って昼前にアパートを飛び出した平日。電車に乗るのさえも億劫だが仕方ないと割り切って、上着のポケットに手を突っ込みながら歩道を歩く。ただ久し振りに浴びる陽が眩しくて手を翳したら、視界の端に当たり前だが青空が映り込んで、それで、何だか目が離せなくなった。
 別に雲一つない快晴の空だとか、何か物の形の見える雲が浮かんでいるだとか、そういう少し特別な要素があるわけじゃなかった。スマホで写真を撮ってSNSにあげたとしてもいいねは一つもつかないだろうなといった感じだ。いや有名なヤツだったらまた別の話なんだろうけど。

 ——空ってこんな色なんだなぁ。

 という頭の悪い感想が脳内に浮かぶ。いやでも心底そう思う。在宅での仕事がほとんどで夏場はコンビニに行くとかの個人的な軽い用事は全部、夕方から夜の少しでも暑さがマシな時間帯に出かけてた。だからこのくらいの時間に外にいるのはかなり久しぶりだ。
 通りにはまばらだが人が通っていて、半端な場所で足を止めた俺のことを少し煩わしそうに顔をしかめてチラ見をして、まるで因縁をつけられるのを恐れるように微妙に避けながら歩いていく。ひなびた商店街は意外と開いている店が多く、ガラス越しに店員や客の姿もちらほらと見えた。そいつらも全員俺と同じように生きてて、俺よりも幸せだったり不幸せだったりするんだろう。ガキの頃は俺だけが自我を持っていて親兄弟含め、書き割りなんじゃないかって心のどこかで思ってたけど。今はちゃんと生きてることを知ってる。……まあ良くも悪くもと、そう言わざるを得ないがな。
 何一つ才能がない俺が一人で生きていくには、一分たりとも止まってはいけないとそう思ってた。だって、天才も努力するんだ、凡才の俺が頑張っても追いつけるとは限らないが、やらなきゃ0.1%の可能性もないだろう。だから走って走って走り、血反吐を吐きそうになっても、誰一人俺の作るものなんて求めていやしないさと、時にヤケになって死にたいとさえ思っても、それ以上に止まることが怖かった。やめたら何も残らないって自分で知ってる。けれど。

「もーちょい肩の力抜いてみるか」

 言って軽く伸びをして。少しだけ上向きに俺はまた歩き出した。

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