貴金属加工の世界で60年以上。たがね彫刻職人の手仕事に欠かせない「相棒」の存在とは。
働く人にとって、日々扱う道具は「相棒」と言っても過言ではありません。
相棒とどのように出会い、どんな思い出を刻んできたのか。
長らく使ってきた道具に焦点を当てると、その人の個性やこだわりが滲み出てきます。
今回の「相棒」は、(有)原田貴金属加工所の原田昭人さんが扱い続ける「たがね」です。
60年以上に渡って貴金属加工の道を歩み続ける原田さんは鉛筆やペンよりもはるかに細い道具を使いこなし、指輪やペンダントなどの装飾品に唯一無二の彩りを添え続けています。
手先の感覚を頼りに刻まれる繊細な装飾
ー「相棒」と出会ったきっかけは。
原田
「たがね自体は弟子入りして修行を始めた頃からずっと使っています。豆つちで叩きながら金属に模様を彫り込んでいきますが、彫金の技術については最初に親方に基本的な使い方を教えてもらった後は『見て覚えろ』といった感じでしたね。今のようにあれこれ教えてもらうことはほとんどなく、自分で練習を重ねて腕を磨いていきました」
ーどんな時に相棒は活躍していますか?
原田
「主に加工や修理でリングやペンダントなどに模様を入れる時や石留めの時に使います。たがねには刃先が鋭いものから大工道具のノミのように平らな刃のものまで色々とあり、線の細さや太さなどを考えて使い分けながら彫ることでイニシャル文字をはじめさまざまな模様などに仕上げていきます」
用途に合わせて自ら作り上げるこだわりの道具たち
ーそんな相棒にはどんな「個性」がありますか?
原田
「たがねの刃先は元となる鉄製の棒から全て自分で作っています。鍛冶屋が刀を作るのと同じように、叩きや削りを繰り返し、ある程度形が出来たら焼き入れをして仕上げていきます。既に刃先が加工された超硬合金製のたがねもありますが、修行していた時から用途に合わせて工夫しながら色々と作り続けるうちにいつの間にか何十種類にもなっていました」
ー印象に残っている思い出を教えてください。
原田
「25年ほど前ですが、アルミ材のギターの表面全体に彫刻してほしいとの依頼がありました。アルミは柔らかくて力の加減が難しく、彫る時に食い込み過ぎてしまうことがあります。普段彫るものよりもはるかに大きく、途中で裏面やヘッドの部分の依頼も加わったので、結局完成まで半年ほどかかりました。他の依頼と並行しての作業も大変で、その時はかなり苦労しました」
ー長年やっていると他にも色々なオーダーがありそうですね。
原田
「この前も平成中村座の姫路城公演で実演販売した時、海外の観光客に頼まれて自分が通う居合道場の紋章をその場でバタバタ彫りました。大変でしたけど、海外の人は喜び方も大きいのでやっていて嬉しいですね。他にも錫製の盃や茶合(茶筒から茶葉をすくう道具)などさまざまなものに模様を入れましたが、以前と比べて最近は依頼の幅が広がっている気がします」
お客さんのためにも「預かったものと精一杯向き合う」
ーもし相棒が現れなかったら、どんな社会人生活になっていましたか?
原田
「彫金の仕事もたがねの存在も兄が紹介してくれるまで知らなかったですが、修行を始めて間もない頃から『100%自分に向いている』と思っていたのでこれまで全然苦にならなかったです。仕事をするなら好きなことを選んだ方がいいですよね。その時は苦労したとしてもやがて開けてきます。『これしかない』と思えたからこそ、これまで続けられたのだと思います」
ーこれから相棒とどのように付き合っていきますか?
原田
「たがねは仕事を続ける限りずっと使い続けますが、刃先が次第に削れるので彫る前に研いで調整しながら長く使えるようにしています。お客さんが修理や作り替えの依頼で持ってくる指輪やペンダントには、色んな思いが込められています。そうした思い入れを大事にしながら、これからも預かったものと精一杯向き合って納めていきたいです」
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