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【新連載『製造業×統計×SNS』】下町の町工場はなぜ統計記事を発信するのか?

【第1回】
町工場が統計ネタの発信に行き着くまで。


ニュース番組などを通じてよく見聞きする「統計」。
時間や人数、数量などさまざまな軸から過去や現在、未来を読み解くことで、私たちの生活を支える羅針盤として重要な意味を持つ。
ただ、羅列された数字を通じて見える内容は、難しさや親しみにくさを感じることも少なくない。

そんな統計に着目し、これまで300本以上の記事を配信してきた町工場が東京・葛飾にある。
配信先は自社のホームページだけでなく外部サイトにも及び、2024年6月にはNewsPicksでの連載も始めた。
さらにX(旧:Twitter)のアカウントは約1万6000フォロワーを抱える。

従業員数10人にも満たない町工場から、なぜ本業との関係性が見えづらい統計に着目した投稿を配信し続けるのか。
そんな疑問点をきっかけに、今回から計5回に渡って裏側を探っていく。

初回は、統計ネタの配信を始めるに至った幾つもの伏線を追った。



《Part.①》手仕事の徹底と橋渡し役を果たすモノづくり

創業間もない頃の様子(提供:小川製作所)

東京・葛飾にある戸建て住宅が立ち並ぶ細田地区。
この住宅地の通りから奥に入った一角に(株)小川製作所がある。
周囲がまだ田園地帯だった1953年に創業した町工場は、主にステンレスの板金・製缶・研磨加工を手がけ、年季を感じる建屋には年代物の設備が並ぶ。

近年の製造業の現場では多彩な設備を投入し、デジタル化やDX(デジタル変革)を推し進める中小の町工場も少なくない。
一方、小川製作所があえて年代物の設備を主体にしたモノづくりを展開するのには理由がある。

それはあえて熟練した職人による手仕事のモノづくりを徹底して他社と差別化を図るためだ。
小川製作所では航空宇宙、半導体、医療機器、食品機械、理化学装置などの分野に向けた機械加工では難しい案件を中心に展開している。

幅広い分野からの受注は単に加工を請け負うだけでなく、装置や治具などの設計開発やリバースエンジニアリングなどを通じた自社から主体的な提案によって実績に結びつけてきた。

さらに、自社で完結しない案件は約100社と協業による「商社」としての展開を通じ、モノづくり企業のハブ役としての役割を果たしている。
小さな所帯の町工場同士が互いの技術力を補完し合う動きを推し進め、主体性を持つ展開を推し進めてきた。


《Part.②》修行を積んだ町工場で遭遇した「激動の時代」

小川製作所の建屋では年代物の設備が現在も現役で活躍している

地道なモノづくりを推し進める小川製作所だが、本業の事業内容と「統計」との直接的な相関性を感じさせるものはない。
そうした中で今回の連載全体を通してのキーパーソンとなるのが、取締役の小川真由氏だ。
自身も研磨職人として現場に立つ小川氏の経歴を追うと、統計を基に配信をすることになった経緯が垣間見える。

学生時代に航空宇宙工学を専攻した後、富士重工業(現:SUBARU)で航空機のエンジニアとして働いていた小川氏。
子どもが誕生する時期と試験で長期出張をしなければならないタイミングが重なり、「いずれ(家業に)戻るだろうと思っていたし、その時の開発も一区切りついた段階だった」(小川氏)ことも次のステージへ進む契機となった。

ただ、そのまま家業である小川製作所に進んだわけでなく、あえてワンクッションを置いた。
大企業の技術部門での勤務経験しかなかった小川氏は、「中小零細の現場で自分でビジネスを作らなければ」とある町工場の門戸を叩く。

きっかけは偶然だった。
当時働いていた富士重工業の上司に「もし、町工場で働くなら5軸加工機を使いこなしているところがいいよ」と勧められ、検索サイトでどんな会社があるか調べると、トップに出てきた会社が「あれっ、実家の近所じゃん!」と小川氏は驚いた。
全く接点のない会社だったが、5軸加工機やNC旋盤など約40台の工作機械を保有する切削加工の会社で結果的に4年間働くことになった。

ただ、この会社で働いた時期は製造業にとって激動の時期でもあった。
入社から約半年後にリーマンショックが訪れ、「否応もなく新規顧客を開拓せざるを得ない状況」(小川氏)となり、営業や品質保証など業務全般を担当することになった。
製造現場で経験を積むために入社したが、「従業員を設備を維持するための損益を考えて仕事をする経験が、今につながる根幹となった」と振り返る。


《Part.➂》デジタル化、DXと逆張りなモノづくり

手仕事を徹底した小川製作所のモノづくりの現場(提供:小川製作所)

製造業の激動の時期を乗り越え、「これでもかと思うほどの経験をした」と語る小川氏は、2011年に家業である小川製作所に移った。
その際、前職での経験が会社の方向性に大きな影響を与えた。

最先端の設備を導入するモノづくりには先行投資が必要になり、固定資産を抱えて返済をしながら受注を待たなければならない。
そんな状況に小川氏は「ある意味、機械アレルギーみたいなものがあるかも」と冗談を込めて語るが、前職の経験を踏まえて「職人の仕事だけに割り切ってアナログ工程に振り切った仕事をしよう」との方針を立てた。
一方で最新鋭の機械加工でのモノづくりは周囲の企業に任せて協業の仕組みを作り上げたことが、現在の「商社」としてハブ機能の展開に広がった。

デジタル化とは逆張りなアナログのモノづくりは、「プリミティブ(原始的)で伝統工芸に近い領域に入っているかもしれない」と語る小川氏。
そうしたモノづくりとハブ機能を持たせた展開は、価格の競り合いが激しい製造業にあって「焼け野原にポツンと芽吹いた部分に『貴重だ』と思ってもらえるお客様が増えてきた」と手応えを語る。
さらに、機械化が難しい加工に特化したモノづくりは元請け、下請けのヒエラルキーが固定化されず、適正な価格を提示しやすい効果をもたらした。


《Part.➃》偶然見た統計を見て気づいた驚きの感覚

小川製作所が手がける大型ディスプレイ懸架用のブラケット(提供:小川製作所)

そんな独自路線によるモノづくりを突き進む小川製作所で、統計ネタの配信をすることになったのは、ふとした気づきがきっかけだった。

約5年前、小川氏が親交を持つ「TOKYO町工場HUB」の代表・古川拓氏と墨東地区(隅田川以東エリア)のモノづくりを題材に対談することになった。
そこで話を進めると、「自分たちの仕事に意義を見い出したい」「日本の経済、製造業はどこかおかしいのでは」といった話題に及んでいく。

元バンカーでもある古川氏と話を進めるうち、小川氏は「日本の製造業を棚卸ししてみよう」と感じて行き着いた素材が「統計」だった。
実際、GDP、給与水準、国際競争力などさまざまなデータを見てみると、「なんじゃこりゃ」と驚く内容が次々に飛び込んでくる。
それまでニュースで目にしてきた統計データは、前年度比ばかりで長期スパンで変化を感じ取れなかったことも新鮮に映った。

小川氏にとって、統計に関心はあったもののそれまで直に触れる機会がなく縁遠い存在ではあった。
ただ、この時の驚きが発端となり、「価格面をはじめ、モラルハザードな製造業で少しでもみんなで成立するような環境になれば」と現在に続く統計ネタ配信の取り組みがスタートすることになった。


《次回予告》統計記事がファンを増やす過程を追う

配信本数が300本を超えた小川製作所の投稿(小川製作所ホームページより)

ふとした出来事が統計記事の配信に結びついたが、なぜ途中で挫折することなくこれまで続けられたのか。
継続的に投稿を進められた背景には、「バズる」ことを意識し過ぎないあるスタンスが結びついている。
次回は、統計記事の配信を始めた当初の状況から徐々に反響が広がり、SNSのフォロワーを増やすようになるまでの道筋を追っていく。


▼次回(10月9日(水)公開予定)の内容はこちら


▼経済統計に関する投稿を公開している小川製作所のページ

▼NewsPicksで展開している連載『中小企業の付加価値経営』

▼小川製作所のX(旧:Twitter)アカウント

https://twitter.com/OgawaSeisakusho



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