年代、DNA語るイネの中の「石」 宮崎大で研究40年

 植物の細胞壁に含まれる微小な石「プラント・オパール」から、日本の稲作のルーツに迫ろうという研究が、宮崎大学で40年以上にわたって続いている。最近は土から大量に抽出する方法が確立され、DNAを取り出して分析することや、年代を測定することも可能になりつつある。

 プラント・オパールは植物の細胞壁にケイ酸が蓄積されてできる石で、穀物や竹などイネ科の植物を支える「骨格」の役割も果たす。形や大きさは植物の種類で異なり、イネはイチョウの葉のような形が特徴。1980年代に青森県の水田遺跡で次々と検出され、弥生時代の東北地方に稲作が到達していたことを示す資料として注目された。

 その検出を手がけたのが、宮崎大学農学部の藤原宏志名誉教授だった。70年代からプラント・オパールを農耕史の解明に応用する研究を進め、80年代に研究法として確立。中国・長江流域の草鞋山(そうあいざん)遺跡などでも日中の考古学者らと共同調査を進めてきた。

 藤原さんから研究を引き継いだ同学部の宇田津徹朗教授(地域農学)が15年ほど前から進めてきたのが、プラント・オパールによる年代測定法の開発だ。遺跡の年代は、出土した土器の形や、炭化米など有機物の放射性炭素(C14)を使った年代測定で判定されるが、水田遺跡ではこうした土器や有機物が出土しないケースも多い。プラント・オパールで年代が分かれば大きな手がかりになる。

 「プラント・オパールは元々、米国で1960年代にC14年代測定の材料として注目されたが、当時の方法では100キロ単位の土からプラント・オパールを取り出す必要があり、あまり普及しなかった」と宇田津さんは話す。だが80年代以降に加速器を使って微量の試料からでも年代測定が可能になり、材料としてプラント・オパールが再び注目されることになった。

 宇田津さんの研究チームが最初に注目したのは、海外にも報告例があった、プラント・オパールが形成される際に中に閉じ込められた細胞の有機物だった。測定に必要な有機物を得るには約0・3グラム、およそ400万個のプラント・オパールが必要。そこで、チームはまず土の中からイネのプラント・オパールを効率的に取り出す手法の開発に着手した。フィルターや薬品で特定の重さ、比重の粒子を選別する方法などで、100グラム単位の土から測定に必要なプラント・オパールを抽出する技術を確立した。

 しかし、そのC14年代も考古学による推定と一致するケースと、より古くなるケースがあり、安定しなかった。宇田津さんは、プラント・オパール内の細胞には土中の古い有機物の炭素が取り込まれ、年代が古く出る場合があると判断。そこで現在、新たな測定対象として、プラント・オパールの表面に残った微小な植物繊維に注目し、それを大量に集めて年代を測定する研究に取り組んでいる。

 一方、この年代測定の研究でプラント・オパールを大量に集める技術が確立できたことで、その内部に残されたDNAでイネの種類を見分けられる可能性が出てきた。宇田津さんは7年前から弘前大学の田中克典助教(植物遺伝学)と協力し、プラント・オパール内部のDNA抽出と解析を進めている。

 これまでに長野県(平安時代)、愛媛県(古墳時代)、宮崎県(弥生時代末~中世)の水田遺跡で耕作土を採取し、ほとんどの試料から葉緑体由来のDNAが得られたほか、一部は細胞核のDNAも取り出すことができた。

 日本で作られてきたイネには、整備された水田に適した温帯ジャポニカと、より厳しい環境でも生育する熱帯ジャポニカがあり、プラント・オパールの形では、その水田で栽培された中心的なイネを見分けることしかできない。しかし、DNAなら複数種のイネの存在を見分けることが可能だ。長野県の遺跡で採取されたプラント・オパールは形状で熱帯ジャポニカと判定されたが、細胞核DNAからは温帯ジャポニカも存在したことがわかった。

 昨年度からは文部科学省の科学研究費による5年間の研究プロジェクトを立ち上げ、実用化を目指して、より多くのデータの蓄積と、葉緑体DNAで種類を判別する研究などを進めている。宇田津さんは「水田跡探しに使われてきたプラントオパールから、さらに年代やDNAも調べることが国際的に一般化すれば、稲作が伝わったルートや、人々が環境変動にどう対応してきたかが見えてくるのでは」と話している。(今井邦彦)

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