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女郎蜘蛛《短編小説》

一目で恋に落ちた。
これが一目惚れってやつか…。

遊郭をウロウロしていたら、ちょいと目に入った女。
新入りなのか、まだあどけなさを残した瞳と、薄紅色の唇に見惚れた。

部屋に通され、歳を聞いた。
「はい、十六でございます」頭を下げながら丁寧に答える。

所作から、これは此処に来る前に身に付いていたものと見て取れた。
「お前さん、今日が初か?」
「はい…不慣れではございますが、精一杯尽くさせて頂きます」

真っ白な柔肌は、まだ誰にも汚されていない。
その事が俺を興奮させ、何度も抱き尽くした。

その日から、俺は彼女に魅入られたかの様に、通い詰めた。

会う度、抱く度に益々色香が強く妖艶になって行く娘。

いつしか彼女は花魁にまで上り詰めた。
立派な着物に、目を見張る程の妖しい眼差しに、あの頃の面影は微塵もなかった。

俺にはもう手が届かない相手になっちまった。
遊郭に行く、足も段々と遠のいた。

どうしても、彼女が重なってしまい、抱いても虚しさだけが残る様になったからだ。

ある日行きつけの酒場で飲んでいた時、隣の二人組の話が耳に入った。

「まぁた、あの遊郭で死人が出たらしいぞ。まぁ、その場で死んだ訳じゃねぇが、家に帰って次の日…そいつは、木乃伊みたいになってたともっぱらの噂だ」
「そう言えば、これで三人目か?あの遊郭に行くと、必ず死ぬと噂が出てるじゃねぇか…」
「それが、金持ちの奴らばかりらしいんだ。どうやら大金で花魁を抱くと…そうなるって噂だ」
「花魁抱いて死ねるなら本望だろうが」
「いやいや…今、あそこの遊郭には人が寄り付かなくなっているらしいぞ」

俺は耳を疑った。 
花魁と言えば、あの彼女じゃないか。

居ても立っても居られずに、勘定を済まし俺はあの遊郭に走った。

確かに、前程の賑わいがなく何処と無く閑散としている。
俺如きが会える訳ねえ…。
けど、真相を確かめたい…。

俺は遊女にさり気なく話し掛けた。
「随分と寂しいじゃねぇか」
「あら、お兄さん、遊んで行く?最近暇を持て余してるの」
こいつは上手く行きそうだ。

部屋に通される前に、厠に寄ってから部屋に行くと言い、彼女の居る上の階へ向かった。
とても豪華な襖に圧倒されながら、低めの声で声を掛けた。
彼女はすぐに俺だと気付き、襖を開けた。

「美しくなったな…」感慨深く言うと、彼女は寂しそうに笑った。
「貴方をずっとお待ちしておりました」
俺は何を言うべきか分からなかった。

「お噂をお聴きになられたのでしょう?」
俺は頷いた。

「本当の事なのです。
貴方を想い抱かれて居ると、私は…その方の養分を吸ってしまうのです」

俺は驚く事もせず、彼女を抱き締め帯を解き素肌に触れた。
「いけません…私は…私は……」
「構わない」

唇を塞ぎ、激しく愛し求め合った。

夢の様な時間はあっという間に過ぎ、俺は深い眠りに就いていたようだ。

朝陽の眩しさに目を細めた時、彼女の豪華な着物の中に、息絶えた女郎蜘蛛が一匹半ば乾涸びた姿でいた。

「お前は……」

俺はそっと布切れに彼女を包み、胸にしまい朝陽の中へと消えて行った。

[完]


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