マガジンのカバー画像

シロクマ文庫用と青ブラ文学部等の企画参加作品

80
企画された作品を置いときます
運営しているクリエイター

#シロクマ文芸部

SS 夜の廊下 【花火と手】#シロクマ文芸部

 花火と手蜀をもって廊下を歩く。花火を夜店で買ってきたが、夕飯を食べて少しばかり寝てしまうともう夜中だ。家人には気づかれぬように音をたてずに進む。 (女中のサトも寝てるかな)  子供一人で花火をするのは怒られると思い、サトに頼もうと女中部屋に見ると誰もいない。布団はもぬけの空で厠かもしれない。明日にすればいいのに、どうしても花火を見たくてたまらない。  手蜀のロウソクには火はつけておらず、暗い廊下を忍び足で歩むのは、いけない事をしている楽しさがある。だがおかしい、進んで

SS 誰のため【#新しいジブン】シロクマ文芸部参加作品

※注意 読後に不快になります。  映画のワンシーンのようにも感じたが自分の中の怒りを忘れられない。当時は歓楽街にあるアパートに住んでいたが狭い部屋は親子で寝るだけで一杯になる。父親は無職がちの男で金を入れない貧困の典型のような家庭だった。  俯瞰してみれば自分は友達とどう接すればいいのかわからない子供で、他人が遊んでいても関心をもてない。常に頭の中で何かの空想が渦巻いている状態だったと記憶している。よくある人見知りの孤独な子供で、クラスには何人か居るようなキャラクターだと

SS 秘剣白雪 【夏の雲】#シロクマ文芸部

 夏の雲を見上げて塩をなめる。川原はごつごつとした、こぶしよりも小さな石が敷き詰められている。 「面倒だな……」  真之介は、和紙に包んだ塩をなめながらジリジリとした炎天下で相手を待っている。相手は女武者だ。  話は十日前にさかのぼる。 「冬殿と勝負ですか」 「望みは丈夫なやや子だろう」  父親は、ぼんやりと庭をながめながら十日後に川原で真剣勝負だと告げた。 (そこまで強い男が欲しいのか……)  真之介は、次男で家督を継げない。だから婿養子になるか、長男が死なな

SS 古屋敷の怪 【風鈴と】#シロクマ文芸部

 風鈴と夏がやってくる。チリンチリンと鳴る風鈴の屋台を引きながら老人が街中で売り歩く。風鈴は音にひかれるように売れていく。 「いい風鈴ね」 「とても良い音ですよ、夜に眠るときにぐっすりです」  涼しげな音色は人を安心させる。老人はゆっくりと裏通りを進むと古くて大きな屋敷が見える。 「おい、風鈴屋、入ってくれ」 「毎度どうも」  老人は風鈴を何個か、みつくろって屋敷の裏口を通って中に入ると、縁側で太った男が着物姿で座っている。 「風鈴をくれ」 「これはいかがでしょうか

SS 猫のかき氷 【#かき氷】シロクマ文芸部参加作品(730文字位)

 かき氷は、ちべたい。猫には最適だ、猫舌だもの。ミケは夏に商売する事にした。 「青カエル君、氷はあるかい」 「あるよ、ノコギリで切るよ」  ギザギザのでっかい刃がついたノコギリでギコギコと氷を切り出す。カエルは氷室を持っているので、年中氷を買える。(カエルだけに!) 「ありがとう」 「暑いから体を冷やすのかい?」 「いや食べるんだ」 「それは……めずらしい」  青カエルが不思議そうな顔しながらミケを見送る。ミケは鋭い爪があるから氷を削るのは苦にならない。早速、屋台を借

SS 河童だよ 【#海の日を】シロクマ文芸部参加作品(1900文字位)あとがき付

 海の日をはじめました、冷やし中華をはじめたみたいに張り紙がしてある。さよちゃんは父親と二人暮らしで母親を亡くしている。父親も具合が悪いので一人で働いていた。 「海の日?」 「うん、海の日をはじめてみました」  お店は壁が無い建物で東屋だ。張り紙は柱に習字で使う紙に墨で書かれて貼ってある。 「わかったけどわからん」 「メニューです」  また和紙がカウンターにあって『塩胡瓜五拾円』と書かれていた。 「じゃあこれで」 「はい」  ドンっとどんぶりが置かれると、塩もみし

SS 熱帯夜の夢【#夏は夜】シロクマシロクマ文芸部参加作品(750文字位)

 夏は夜に氷を食べにいく。熱帯夜は湿度が高く蒸し風呂のように不快で眠れない、もう我慢できずに駅前の暗い商店街を目指した。その氷屋は、夜通し店を開いている。中に入ると古びた木製の壁と青白いタイルの床。 「いらっしゃい」 「いつもの」  二十代後半の女性が水色の氷かきのハンドルを回す。カットガラスの器にシャクシャクな真っ白な氷がもりあがる。赤いシロップ、青いシロップ、緑色のシロップ、三色かき氷ができあがり、金属製のスプーンで食べる。  シャクシャクシャク 「冷たい」  

SS 初夏の桜【#手紙には】シロクマ文芸部参加作品(900文字位)

 手紙には、会いたいと書かれていた。 「おかあさん、これどうしよう」 「そうね、お棺にいれましょうか……」  祖母の遺品を整理すると封筒に入った便箋を見つける。手書きの文字は、なれないと読めないが読み進めていると恋文なのは判る。 (書いた人は誰だろう……)  私はその手紙を自分の机にしまった。とても思いが伝わったので何度でも読み返したくなる。 「こちらでも桜が咲いています。故郷の桜も咲いているでしょうか、君と一緒に見たあの景色が懐かしく感じます。戦争が終わったら、桜

SS 田舎の池【ラムネの音が】シロクマ文芸部参加作品 (940文字位)

 ラムネの音がする。かすかで小さくて聞こえない。栓を抜くとビー玉が容器の中に落ちてくるりと回る。神秘的な蒼い瓶をいつまでも、あきずにながめる。  ラムネの飲み口に耳をよせるとシュワシュワと小さくつぶやくような音が聞こえた。 「――なにかしゃべってるみたい……」 「よう子ちゃーん」  遠くで母が私を呼んでいる。池のほとりでラムネを飲むのが好きだ。池の蒼い色で心がやすらぐ。田舎の舗装されていない農道を、雑草を踏みながら家に戻ると母がにこやかに笑っていた。 「お父さんがおみ

SS お弁当と彼 【#月曜日】#シロクマ文芸部参加作品(1300文字くらい)

 月曜日は日直なので早く家を出る。お弁当を作って登校すると、あの曲がり角で彼がいた。 「よぉ」 「おはよう」  彼はお弁当を見ると、ばつが悪そうに眼をふせる。 「まだ気にしているんだ」 「あの時は悪かった」  ぶっきらぼうな彼と、この角でぶつかって、お弁当を落としてしまった。びっくりしたような彼の顔が面白く私はクスクスと笑った記憶がある。 「今日も学校か」 「当たり前でしょ」  一緒に学校へ歩きながら、不良っぽい背の高い彼はクラスメイトだった。校門の所まで来ると、

SS 戻った男 【#紫陽花を】シロクマ文芸部参加作品 (910文字位)

 紫陽花を手に取りハサミで切り取る。毒はあるが煮詰めれば薬として使えた。  吊られた蚊帳の中で畳の上にあおむけに女が横たわっている。青白い顔で生気がもう無い。 「ケホケホ……」 「姉さん、お薬よ」 「もういいわ……早く死にたい」 「いつも、そればかりね」 「だって苦しいんだもの」 「あの人が帰ってくるわ」 「戻らないわ」  姉の許嫁は、仕官のために武者修行で旅している。剣客として認められれば俸禄をもらい家を持てた。姉と私は戻らないと確信していたが……  雨が降り続き、

怪談 水茶屋の娘 【#赤い傘】シロクマ文芸部参加作品 (1600文字位)

 赤い傘を見つけると走り寄る。しとしと霧雨がふりはじめた。 「おみつ」 「真さん」  おみつは、年の頃は十七くらいの水茶屋の看板娘で真之介とは仲が良い。仕事の合間に近くを通ると茶を飲んだ。みなに好かれる娘で、誰かれなしに愛想をふりまいていたが、真之介とは本気の恋仲だ。 「あのな……」 「これ、きれいでしょ」  くるくると赤い傘を回す。おみつは自分が店に出る時は、その傘を置いて客に知らせていた。赤漆のきれいな傘だ。 「縁談が決まった」 「……」  おみつは前を向いた

SS 竜になる金魚 【#金魚鉢】シロクマ文芸部参加作品

 金魚鉢は丸くて小さくてジャリも入ってない。 「がっかりだよ……」  リュウキンの俺はシロとアカの鮮やかな体で金魚鉢の中央に浮かぶ。夜店の金魚すくいでつかまった。今は金魚鉢に入っている。 「昭和かよ……」  金魚鉢は古く今にも壊れそうでヒヤヒヤする。子供が近寄ると金魚鉢をコンコンと叩いて喜んでいる。俺は水面から顔を出して文句を言う。 「おい、エサあるのか?」  子供はびっくりした様子だったが金魚のエサを持ってくる。水面に落ちたエサを食べ終えると 「金魚飼育セット

SS 赤い靴【#白い靴】 #シロクマ文芸部

 白い靴を見つめる。真新しい白い長靴はおかあさんが新しく買ってくれたけど、ぶかぶかで歩くと転びそうになる。 「大丈夫、すぐに大きくなるから……」  おかあさんは、なんでも勝手に決めてしまうので困る。ぶかぶかだから足をぶらぶらさせると、ゆるゆるする。 「赤い色が良かった」  赤い靴♪ はいてた♪ 女の子♪  悲しげな歌は、今の自分にはぴったりに思えた。大人は何もわかってくれない。  イジンさんに♪ 連れられて♪ いっちゃった♪ (イジンってなんだろう?) 「イジ