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SS 誰のため【#新しいジブン】シロクマ文芸部参加作品

※注意 読後に不快になります。

 映画のワンシーンのようにも感じたが自分の中の怒りを忘れられない。当時は歓楽街にあるアパートに住んでいたが狭い部屋は親子で寝るだけで一杯になる。父親は無職がちの男で金を入れない貧困の典型のような家庭だった。

 俯瞰ふかんしてみれば自分は友達とどう接すればいいのかわからない子供で、他人が遊んでいても関心をもてない。常に頭の中で何かの空想が渦巻いている状態だったと記憶している。よくある人見知りの孤独な子供で、クラスには何人か居るようなキャラクターだと思ってもらえれば良い。

 そんなクラスにかわいらしい女子が転校してきた。とても社交的でクラスの誰とでも仲良しになれるような親切な女の子だ。ある日、自分にも親切にしてくれた。話かけて会話をして友達になろうとしてくれた。当時から貧乏な子供と金持ちの子は格差があって極貧の家庭の子とは遊ばない暗黙のルールがある。だが彼女はそれを知らなかった。

「なんであの子にみんな冷たいの?」

 正義感、確かに正しいのかもしれないがクラスメイトから反感を買うと孤立してしまう。自分にはどうしようもないし、自分のせいで孤立した女の子を助ける事もできない。その時の自分の思考は、こんな感じだったと思う。

「なぜ自分に親切にした」

 冷たい人間だ。自分は親切にされても助けようとしない人間的に欠陥のある人格だ。唐突のように、彼女は引っ越す事になる。孤立したからではない、彼女は大病のために長く生きられなかった。入院する事になり、最後のお別れで彼女の家に集まる事になる。その条件はプレゼントを持ってくる事だ。自分にも声をかけてくれた、だがプレゼントを買えるわけもない。彼女はとてもお金持ちの娘だったからだ。

(自分には関係ない……)

 後で自分が来なかった事に彼女が心を痛めたと聞いたが、どうしようもない。そして彼女が学校を去って放課後の事だ、彼女の父親がやってきた。娘が最後の別れをしたいと告げる。

 背の高い立派な背広を着た男は、自分の車を指さした。

「娘と会ってくれ」
「いや会わない」
「なぜだ」
「会いたくない」

 父親がなぜ歓楽街の身も知らぬ子供に会いにきたのか? それは娘のためだ、娘が死んでしまうから、なんでもしてやりたかった。自分は直感的に、それを理解した。でも今となるとわからない。ただ父親の態度は非常に陰険で冷たい印象があったからだ。こんなガキに会いたがる理由はわからないが、娘のためだ。

 それは自分のひがみかもしれない、だが少なくてもそれは自分に向けられた慈愛の行動ではない。ただひたすらに娘のためだけに行動する父親に醜悪さを感じた。大人びていたのは歓楽街の人間の嘘や欺瞞を見てきたからかもしれない。

 彼女の父親が道路に止まっている車を指さして怒鳴る。腕をひきずられてつれて行こうとした、増悪が最大になったとき俺は稚拙な理屈で彼を罵った。

「お前は娘を助けたいだけだ、俺を助けるわけじゃない!]

 彼は驚愕した後に憎悪の言葉を延々と投げつけた。

「娘は長く生きられない、お前はまだ生きられる」
「娘がどれだけ苦しんでいるのかわかるのか」

 俺は同じ事を反転して返していた。

「お前は俺の苦しみが判るのか!」

 子供のいうような台詞では無い。なによりも死をむかえようとしている娘の近くで怒鳴るような台詞でもない。俺には遠くにいる女の子を顔は見えなかった、でも父親は彼女が呼ぶ声で車に戻った。自分はそのまま背を向けて歩きはじめた。

 今ならば、女の子のために薄ら笑いをしてパーティにいけなかった事を悔いて謝罪して、彼女ときれいな別れ方ができたかもしれない。いやそれも判らない。愛されていた彼女を憎んだのは、自分が愛されていなかっただけだ。彼女を傷つけて死んでしまったなら、もう取り返しがつかない。

 その後の彼女の消息はわからない、クラスメイトは死んだと噂をしていたが、事実かどうかも先生からは何も話がなかったと思う。

 今でも思い返す、無邪気で親切な彼女は親切な人間として死ぬ道を歩みたかったのだろう。でなければ、自分のような人間に声をかけるわけがない。今でもそう信じている、彼女はきっと天国で幸せにしているだろう。自分なんかに声をかけなければクラスで孤立せずにすんだかもしれない。それだけが彼女のあやまちだ。

#シロクマ文芸部
#新しいジブン
#私小説
#オートフィクション

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