SS 秘剣白雪 【夏の雲】#シロクマ文芸部
夏の雲を見上げて塩をなめる。川原はごつごつとした、こぶしよりも小さな石が敷き詰められている。
「面倒だな……」
真之介は、和紙に包んだ塩をなめながらジリジリとした炎天下で相手を待っている。相手は女武者だ。
話は十日前にさかのぼる。
「冬殿と勝負ですか」
「望みは丈夫なやや子だろう」
父親は、ぼんやりと庭をながめながら十日後に川原で真剣勝負だと告げた。
(そこまで強い男が欲しいのか……)
真之介は、次男で家督を継げない。だから婿養子になるか、長男が死なないと一生部屋住みだ。冬は名の通りに白く美しい肌を持つ女だったが、無類の武芸好きで婚姻を断り続けていたが、とうとう父親が病気になると急ぎ婿を探していた。こんな時でも刀で勝負する事にこだわっている。
真之介は、腕は立つが凡庸で剣客なみの力量は無い。冬の強さは藩内では有名で道場主ですら歯が立たないと噂がある。
(なんで俺なんだろうか……)
冬を見かけたのは一度きりで、男装をした彼女は、たしかに美しいが人を寄せつけない暗さがある。神社の境内で妹と茶屋で団子を食べている時に、ちらりと見ただけだった。
「兄様、あの方が冬様ですよ」
「うん、美しいな」
「あんな姉様と暮らせたら幸せです」
「お前も嫁にいかんと」
たあいの無い話を思いだしながら木綿の手ぬぐいで汗をふく。立会人が近寄ると勝負の相手が来たとつげた。
「冬殿がまいりました」
「うむ」
真之介は、立ち上がるとゆっくりと川原の中央に向かって歩く、冬もゆっくりと近づくが異様な風体だ。足はすね当て、手には籠手、胴には鎧。
「いざまいる」
長巻を持つ彼女が突進してくる。真剣と聞いたが刃引きと勘違いをしていた、人を殺せる剣だ。
(ころされる……ならば)
真之介は不思議と死ぬのが怖くない、冬に殺される自分がとても誇らしく感じていた。冬の刃が真之介の胸元を切り裂く。
ばっと白い雪が散る、その瞬間に冬は動きを止めてしまう。真之介は体さばきですりぬけるよう冬に体当たりした。胸元からは塩がとびちって白く染まる。
「それまで」
冬は川原の石に体を叩きつけられてうめいていた……
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「姉さま、神社でお団子を買ってきました」
なぜか妹が婿に入った家にいりびたる。どうやら冬が好きでたまらないらしい、そして冬も妹をかわいがる。相思相愛だ。
「仲がいいな」
「ええ、ひと目あった時からお話したいと思っていました」
どうやら冬は、妹と仲良くなりたいから真之介を名指しした。勝負は勝っても負けても婿をとるつもりだった。どうも冬は男よりも女が好きなのでは?と疑っている。
(まるで妹と冬が夫婦のような……)
少しだけさみしい真之介であったが、これもまた幸せだなと納得していた。前から疑問に思っていた事を聞いてみる。
「なぁ冬、なんで甲冑をつけて勝負したんだ、お前ならいらないだろう」
「旦那様が、私を切るのをためらわないようにですよ」
ふふふと笑う冬は、すっかり奥方の貫禄がある夏の出来事。空には大きな入道雲がはちきれんばかりに浮かんでいた。
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