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巡ることば、過ごす時間

1.
スマホのGmailアプリを立ち上げてメール受信を確かめる。画面の一番上にAmazon.co.jpからのメールがあり、配達完了:ご注文商品の配達が完了しました…と表示されている。一昨日の夜に注文した本が届いたのだろう。待ちに待っていた本、ではないのだが、何かがポストに届くというのは少し嬉しい。自室を出てリビングダイニングを通り玄関に向かうところで、家内とすれちがう。「扇風機がもう一台あったと思うんだけど」と家内が言う。「2階の物置にあるんじゃない」とぼくは言って玄関に向かう。青いサンダルを履いてドアを開ける。外に出ると肌に暑さが染みてくる。

2.
青い空には、白い夏の雲が浮かんでいる。じっと雲をみつめると、隙間に潜む灰色の雲が雨雲になろうと計画を進めているようにみえる。歩いて向かったポストの蓋を開けると、茶色の紙で包まれた郵便物が一つ置いてある。手に取って宛先をみると、ぼくの氏名が印字されている。手で触った中身の感じは文庫本のサイズで、間違いなく注文したものだ。染み込んだ暑さが汗に変わる前に早足でドアに向かって歩く。「暑いなぁ」と思わず呟く。真っ暗な玄関内に入りドアを閉めてサンダルを脱ぐ。リビングダイニングに向かう廊下で家内とすれちがう。「2階の物置にもないのよ」と家内が言う。「今出ている扇風機で全部じゃないの?」とぼくが言うと、「そうだったかなぁ、もう1台あったと思う」と家内が言う。ぼくはリビングダイニングを通って自室に向かう。机の上に茶色の郵便物を置いて、ダイニングに戻る。壁掛け時計をみると、1時5分になっていた。時間があるので、珈琲を淹れることにする。キッチンの奥に珈琲豆があったはずだ。水道水を入れたケトルをコンロの上に置いて火をつける。湯が湧くまで時間がかかるので自室に戻る。

3.
自室に入ってイスに座る。机の上に置いてある茶色い郵便物を手に取る。端の方をちぎるように手で破り、斜めにして中身を出そうとする。郵便物の紙の内側は滑り止め加工がしてあるのか、簡単に中身が出て来ない。左手で郵便物を持ち、右手で中身を掴む。つるっとした本のカバーが指先にあたってひんやりする。ムリして引っ張り出すと本の端が折れそうだ。右手の親指と小指で郵便物の空間を広げる。左手で空間のふくらみを維持しながら、右手で慎重に本を取り出す。思っていたよりも薄い文庫本が姿を表わす。カバーの表紙はライトグレーで、英字のタイトルが印字されている。パラパラとページをめくりながら、この本に辿り着くまでのことを考える。

この本の著者は日本人ではない。外国の本を日本語に翻訳した本だ。翻訳をした人がぼくの好きな作家で、この作家が書いた本はほとんど読んでいる。この作家が翻訳した外国の本は、翻訳を通しても作家の文体が表れていて、ぼくにとってはとても読みやすく感じる。この作家のインタビュー本を最近読んでいる。2010年に出版されたインタビュー本で、当時読んだはずの内容を忘れてしまっていて、今、再び読み進めている。このインタビュー本で、触れられていたのが、郵便物で届いた本の著者のことで、著者の書く本にどのような要素があるのかが、インタビューの応答として記されていた。そこにぼくは興味を持ち、この本を読みたいと思った。

「お湯わいてるよー」とダイニングから家内の声が聴こえる。「あー今行くから」とぼくは言う。閉じた本を机の上に置いて、椅子から立ち上がる。

【7/21開催ライティングマラソン:1.(10分)+2.(20分)+3.(30分)】

ご一緒した、みどりさんの記事。


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