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江﨑文武がWOWと繰り広げた、『儚さ』を纏う一夜限りのインスタレーションの舞台裏(前編)。

構成・インタビュー・文 / 山本憲資(Sumally Founder & CEO)

去る2022年10月15日(土)~30日(日)、WOWは設立25周年を記念し、展覧会『Unlearning the Visuals』を天王洲で開催、新作のインスタレーションを披露。あわせて会期中の10月20日(木)に音楽家の江﨑文武をフィーチャーし、招待客限定で1日限りの「sonus-oleum ; ソノソリアム」と銘打ったライブインスタレーションを開催した。

自動演奏のピアノ(右)と江﨑が弾くピアノ、チェロとバイオリンの変則トリオでのライブパフォーマンスになった。

会場は運河に浮かんだ『船』。地下1Fにはアップライトピアノが2台。1台は自動演奏用で、もう一台は江﨑文武の演奏用。2台のピアノとあわせて、盟友のヴァイオリニストの常田俊太郎、チェリストの村岡苑子とともに、この日のために江﨑が作曲した曲をパフォーマンス。江﨑の弾く鍵盤の動きに連動して、一音一音に対応した気泡が生まれ壁に投影される。その泡が増幅しながら1Fに昇っていき、来場者が触れると気泡が割れ、音が変化する仕掛けになっている。そして割れた泡は気流になり、さらに昇り、ルーフトップに設置されたテントに映し出される。

1Fの窓際に投影される地下から昇ってきた気泡。
気泡にタッチすると泡が弾けて、音が変化する。

その気流が音とともに地下1Fへと戻り、自動演奏のピアノにその音が流し込まれ、再び演奏をはじめる。その自動演奏のピアノにあわせて文武トリオが即興で演奏し、そこからまた気泡が生まれ、音楽と映像が巡り、巡る。約300人のゲストに満遍なくインスタレーションを体験してもらうために地下のスペースは入れ替え制で、この夜、彼らは9セットのパフォーマンスを繰り返した。

ルーフトップの様子。1Fで割れた気泡が気流となり帆のイメージのテントに投影された。

プロジェクトのはじまり

あれは半年くらい前の春くらいだっただろうか、WOW代表の高橋さんからこの秋に25周年の展覧会をするのに、レセプションのイベントで生のピアノのパフォーマンスを入れたいのだけど、誰か良いアーティストはいないかと相談をもらった。

WOWのアニバーサリーのイベントでのパフォーマンスだと、クオリティの高い演奏だけでは少しもったいない。何かしらのかたちで演奏とWOWの映像を編み上げてパフォーマンスに昇華できる音楽家はいないものだろうか。

そこで僕の頭に思い浮かんだのが、江﨑文武くんだった。先進的でチャレンジングな実験的パフォーマンスに興味があって、とはいえ音楽としての美しさを両立させることへある種の責任感的なにかが身体に深くインストールされている印象が彼にはあって、今回の企画にぴったりだと思ったのだった。

ほどなくして、文武くんを高橋さんに引き合わせる食事会を設定し、その日は食事するだけかと思ったら、なぜかその日はスーツ姿だった高橋さんが文武くんのイベント当日のスケジュールが空いているのを確認するやいなや、ラップトップを開いてさっそく企画の説明をしてその場でオファーをしたのには驚いたが、そうしてこのプロジェクトは始まった。

偶然にも銀座のSony Park Miniで文武くんのインスタレーションがちょうどそのタイミングで開催されていた。高橋さんは会食の直前にそのイベントに足を運んで即興録音を体験してきたところで、今思うと、その時点でWOWに通じる何かをすでに感じていたのかもしれない。

「このインスタレーションは生のパフォーマンスがまず原点にあり、かつピアノと弦というアコースティックでクラシックなところを出発点として、そこからデジタルで何ができるか考えていったところはとても刺激的でしたね。
 
音のインプットを可視化する、ということはWOWでも以前からやっているんですが、生の鍵盤の音をMIDI信号に変換してトリガーとしてワークさせた部分は今っぽい。ある種、指揮者的な立ち位置で、アナログとデジタルをバランス良くディレクションしていった文武くんのセンスに刺激を受けました。一般的な感覚としてはやっぱり生音に感動するところがありますし、第一印象として入ってくる演出にそういうナチュラルさが宿っていたことで、人に寄り添っている感じがありましたね。
 
WOWが一番自信を持っているのは細かいところまで行き届くディレクションなんですが、今回も生のパフォーマンスを起点にさらに掘り進んで、なかなか伝わりにくいであろうオタクの領域までチャンネルをチューニングしながらやりきれたところもあって。結局のところそういった部分が自分たちの差別化できるポイントでもあり、プロフェッショナリズムの源泉とも言えます。
 
加えて『儚さ』というのが、WOWが貪欲に創作活動を続ける原動力のひとつで。ここまでやったのに、日の目を見るのはたった1日だけ。そこにイージーじゃないプロとしての仕事を刻んできた自負があります。流行に乗るのもある程度重要ですが、ただ流行に乗るだけではないところが、強さを纏ったベーシックになってきましたね」(高橋)

高橋さんのコメントにある「儚さ」、そして「なかなか伝わりにくい部分」というのをせっかくなので今回のプロジェクトでは少しでも可視化してアーカイブしておこうという話になり、江﨑文武とそのカウンターとして制作を担当したWOWのディレクターの高岸寛の二人にプロジェクトの立ち上がりから完成までの話を事細かに語ってもらった。

対談 江﨑文武 X 高岸寛(WOW)

WOW高岸寛(左)と江﨑文武(右)

場所性と音楽との関係と、音楽性のルーツ。

江﨑:まず今回のインスタレーションを考えたときに、生にこだわりたいということがあり、そこから必然的に場所性を大事にしたい、ということに繋がってきました。

音楽の歴史を顧みると、その時々の空間の影響を受けながら進化してきているんですよね。教会で演奏されていた音楽は、教会という空間で演奏されるのが前提になっていて。バロック建築の普及に伴い壁が装飾で複雑になったことで音が響きにくくなり、バッハの曲のように細かいフレーズが幾層にも重なった音楽が構築できるようになったり、マイクが発明されてからはマイクロフォン前提の音楽が作られてきたり、といった変遷があります。

今回の会場は地下1F、1F、ルーフトップという三層構造で、水と隣接した環境で演奏するとなると、そこに関連付けた表現にしたいという気持ちが自然と湧いてきて。この空間ありきのギミックを考えたいな、というところに辿り着きました。

地下1F、1F、ルーフトップの3層のフロアごとの演出コンセプトシート。

高岸:最初はテラスで演奏しようか、という話もありましたね。スピーカーを置いて、フェスみたいになるけどどうしましょうか、というところから始まり。そこから音と環境、という話が出てきて、それだと地下が良いかな、となりました。ここで生ピアノが良さそうという話になり、地下を起点にこう何かが地上へと起こっていく、という演出を考えていこうと。場所性って皆が普通に意識するものではないところもある気もしますが、文武さんが場所性を意識するようになったきっかけって何かあったんですか?

江﨑:自分のルーツはクラシックにあるのですが、中学から高校とジュニアオーケストラで教会で演奏したり、海外のホールで公演したりを繰り返していました。その中で、空間を問わずスピーカーで同じような音環境を作り込んでいく、いわゆるポップスのコンテクストとは違うスタイルの音楽の発達の歴史に対して自然に興味が湧いてきて。そういう経験に基づいて、環境と音楽の関係を大事にしようと思うようになったのかもしれないですね。もしロックミュージシャンだったとすると、とりあえずスピーカーでデカい音を出そう、といった発想になると思うんですけど。

好きなアーティストというのを考えると、いろんな人がいます。フランス音楽は特に好きで、ドビュッシーとかラヴェルあたりは長く自分のスタンダードです。クラシックを一通り学んでいると、基本的にドレミファソラシドで構築されている音楽に関しては要素分解して学びやすいところがあります。すべての音楽の源流がクラシックにあるとは思わないですが、相当な割合の今の音楽が、1900年代初頭までに発明されたクラシックのコンテクストに影響を受けている部分が多かれ少なかれあると思います。

ヒップホップの世界ではサンプリングの元ネタに対するリスペクトがしっかりありますが、ルーツを理解しながら継承していくという感覚が、自分の音楽表現の軸になっているところがありますね。自分がゼロから何かイチを作り出すことなんて、なかなかないはずで、先人がやってきたことを学び知った上で、僕は今こういうことをやる、という判断を重ねていきたいです。先人という潮がひいたあとの潮干狩りみたいなものですかね。

江﨑:今回の作品にも紐付いてくるところがありますが、60年代〜70年代に起こっていたジョン・ケージあたりが起こしたムーブメントにも以前から興味がありました。楽器以外の音も音楽的要素として捉えようという思想や、あるいは『4:33※』のような聴衆と音楽の関係を再定義する作品で、聴衆が演奏者的な役割も担っているし、演奏家が聴衆的な役割も担っているといったところが面白くて。今の自分の音楽はこの時代の人たちからインスピレーションを受けているところがそれなりにありますね。音楽家としては、技巧的にすごいこと以上に、そもそもの音楽の概念を変えていくことに興味があります。

※4分33秒の間、無音が続く現代音楽の中ではよく話題になるジョン・ケージの曲。ベルリン・フィルのロックダウン前最後の公演の演目にもラインナップされ、祈るように「演奏」されたのが話題になった。

音楽に対する立ち位置と、今回のプロジェクトのつながり。

高岸:文武さんと何かしらの繋がりを感じる部分でもあるんですが、音楽に対する立ち位置の話の中で、自分は文系の学部にもかかわらず卒論は環境音楽をテーマに書いていたんですよね。大学の周辺の環境音をレコーディングして、つながりのあった海外の大学でも周辺環境を録音してみて、大学構内の音環境において日本と海外でどういった違いがあるのかを論文にまとめました。ジョン・ケージを深く知ったのもその頃でしたね。

自分は音を聴くというよりは「環境」全体に興味があって、そこから映像にいってしまったんですが。今回、環境と音楽をうまく結びつけた演出が実現できて良かったなというのはもちろんありつつ、今、文武さんの話を聞いて改めてこのタイミングで出会えて良かったなと思います。奇を衒(てら)うことのないベーシックな部分に重なりがあり、いわゆる「ミュージシャン」とではできなかったプロジェクトををやり切れたのではという気がしています。

高岸:地下1Fで生でパフォーマンスをするのが良さそうというコンセンサスがとれた後は、まずはビジュアルイメージをWOWチームで考え始めました。WOWはよく自然現象をテーマにした映像作品を作っていて、そこを今回の環境とうまくチューニングしていけないかなというのが最初のアプローチでした。WOWの25年の歴史の香りが仄かに漂う、かつ分かりやすい表現で落とし所を模索していきましたね。

地下1Fから気泡的なものがあがっていって蒸発して、最後その気流が帆にあたるというイメージを膨らませていきました。ブレスト段階では音で今回の会場の『船』そのものを動かせないか、みたいなアイデアが文武さんから割と真面目に出ていたのですが、そのテーマも頭に残っていて。せっかく会場が船だし、もうちょい予算があったらほんとに船ごと動かしたかったな、と(高橋)社長も言ってました(笑)。船といっても、エンジンを積んでないので牽引が必要なんですけどね。

イベント会場は隈研吾設計の『T-LOTUS M』。船として運河に浮いている。

気泡という、演出アイデアの核。

江﨑:25周年でおめでたいし、最初は地下でピアノをを弾いたら音が立ち上がっていって、ルーフトップから花火があがる、といったアイデアもあったんです。さすがに派手すぎて演奏より花火の方に目がいってしまいますよね、とか話しているうちに、WOWチームが気泡というアイデアを持ってきてくれました。そこから気泡を使って、どうインタラクションさせるかを考え始めましたね。

高岸:そして地下から気泡を1Fのフロアにあげて、そこをインタラクションゾーンにしましょう、と。1Fのインタラクションは今回、Dentsu Lab Tokyoと一緒に作りました。

地下1FのフロアでMIDI化された生音をリアルタイムにセンシングするというのは、技術的にはそこまでハードルが高いわけではなかったですが、そこから1Fに音を送る際に『変調』させ、そして変調させた音をもう一回地下1Fに舞い戻していくといくサイクルの中、戻ってきた音にまたビジュアルをつけていくというフローのシステム構築が大変でした。

一通り動くものが完成したのが本番1週間前くらいで、ずっとわちゃわちゃやっていて。素材自体の制作はそこまで大変ではなかったんですが、システムに関しては関わるスタッフも多くて、うまくマネジメントしながら無事着地させるのに苦労しました。

あと、そこで忘れてはいけない重要なキーマンが、今回プロジェクトメンバーとして関わってくれていた電子音楽家のチバカツヒロさんでした。チバさんはリバーブなど空間の響きを計算式で表現できるプログラマーで、チバさんがチームに入ってくれてなかったら、完成まで到達できていなかったかもしれないです。

江﨑:自分が弾いたピアノと自動演奏のピアノ、今回のアップライトピアノは2台共、鍵盤を弾くとMIDI信号が出力されるようになっていて、そのMIDI信号が1Fで気泡としてビジュアライズされたんですが、気泡に触れることをトリガーに音色を変化させるプログラミングがチバさんの主な仕事でした。そして、本番一週間前の投影実験の際に、下のピアノの音が単純に昇ってくるだけだと、1Fとルーフトップが音的に寂しい空間になってしまうことが分かったんですよね。

本番1週間前に行われた気泡の投影実験の様子。

江﨑:そこで、チバさんがピアノ音をアンビエント的なシンセサイザーの音に変化させ、ピアノの残響を残して、空間に音が”揺蕩(たゆた)う”みたいな、ふわ〜という和音感が続いていくようなエフェクトをプログラミングしてくれました。そこからルーフトップに昇ったタイミングでは、ピアノの音がさらに削られて、アンビエント感の強いサウンドに変容するように。

「自分は楽器もできないし、楽譜だってすらすら読めない。同じ結果にたどり着くにしても途中の計算式がちょっと変わったら音が変わる。コンピューターでいい音を出すのに一番興味がある」とチバさんは言ってましたが、彼はただシステムを組むだけの人ではなくて、響きをコントロールできるんです。最近は気象データを基に音楽を作ったりもされているみたいですが、何かしら数字ベースの入力情報があれば、それを基にして音へと変換してしまうんですよね。

後編へ続く

江﨑文武
音楽家。1992年、福岡市生まれ。4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学音楽学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。WONK, millennium paradeでキーボードを務めるほか、King Gnu, Vaundyなど数多くのアーティスト作品にレコーディング、プロデュースで参加。2021年、ソロでの音楽活動をスタート。
https://ayatake.co/

高岸寛
WOWディレクター。
TVCM、デジタルメディア、ライブイベントなどを中心に、幅広い領域での柔軟なデザインを得意とする。3DCGを用いた表現を軸にしつつ、近年は映像メディア以外にも、AR表現やインスタレーションなど、ビジュアルデザインに関するさまざまな領域に活動の範囲を広げている。
https://www.w0w.co.jp/talent/takagishi_hiroshi


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