忘れたくないあの日の感動
子育てをしていると、ある種の感動に出会うときが時折ある。
以前にも記事として書いたことがあるが、夕日を眺めた時の子どもの「なんだか涙が出そうだねぇ」という一言なんていうのは、単なる風景に対しての情緒的な感想に感動したのではなく、オギャーと泣いたり、あれ食べタイ、これ欲シイ、と目の前のものにあるものだけを欲していたような赤子から、風景を見て、色や風を感じ、四季を感じ、それを言語化するということを覚えた子どもが成長していくという姿に感動したことを良く覚えている。
他にも、親の言うことをまねる感動とか、自分、こんなこと言ってるわ、とかそれを言ってしまう自分の育ちの背景を振り返るなど、子育てをするうえで出会ったであろう感動とはいくつもある。まだまだ子育てを始めて折り返しにもきていないが、その中でも忘れたくないあの日の感動がある。
あれは家族でスペインを訪れたときのこと。子どもはまだ4歳だった。
夏休みを利用してスペインを訪れた。個人的には幼児教育にはさほど熱を入れるタイプではないが、それでも折角訪れる異国をどうにか印象付けたくて、なにか子どもにもできるよう、挨拶を教えた。教えたのは、スペイン語でオラ!(こんにちは ¡Hola!)と、グラシアス(ありがとう Gracias)だった。異国でなくても、コミュニケーションの基本はあいさつだし…という感覚で教えたのだった。
子どもは覚えるのが早いし、活用にも抵抗がない。人見知りもさほどしない我が子は、軽く促してやれば、買い物にお店に入れば気軽にオラー!というし、誰かに何かをしてもらえばグラシアス!と口の先からさらっと出てくる順応性に感心していた。
予想外だったのは、一日観光をして宿泊したホテルに戻ったときだった。それまで、お買い物でお店に入るときには、あいさつしようねと親が一言添えたり、初めに店に入って挨拶した大人に続く、といった感じだったのだが、ホテルに戻るときに、一番初めに入っていった子どもの先には、ホテルのロビーでくつろいでいるスペイン人らしき家族が横に並んでソファに座っていた。ウィーンと自動ドアが開くと同時に中に入った子どもは、そのスペイン人家族を目で見るなり、大きな声で「オラ!」とあいさつした。私を驚かせたのは、そのスペイン人家族の全員が大きな大きな目を開いて、入ってきたアジア人の子どもがスペイン語で挨拶したことに驚き、そのあとすぐに満面の笑顔で「¡Hola!」と大きな声で返してくれたのである。
きっと向こうにとっても不用意で、予想外だったのだろう。でもどう見ても嬉しそうな笑顔を見せてくれたそのご家族に、思わず涙が出そうになった。通じ合う。これがコミュニケーションなのだと思った。いや、きっと子ども本人は何も考えていないと思う。ご近所のじいさんばあさんに挨拶するのと何ら変わらないのだろう。
言語が通じないことの抵抗感や、異人種に対する壁というのは、年をとればとるほど、大きく膨らんで、固くなってしまうものだと思っている。もしかすると外国ということだけでなく、あらゆる偏見も。
自分が思ったことを口に出して、それが相手に伝わるという異文化コミュニケーションをこの目で目撃できたことが、私にとっての忘れたくない感動の一つになった。今でもあのスペイン人家族の驚いた表情、受け入れた喜び、こちらこそ!という思いの温かい雰囲気を忘れることができない。私もそういう大人でありたい、と強く思った出来事だった。