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存在に輪郭を与える寒さ(三秋縋スターティング・オーヴァ書評)

 この文章は投稿日にかかわらず、2023年のクリスマス後、12月の末に書かれたものになります。皆さんはどう過ごしましたか?大学1年の私は、ホールケーキなんかを買うことはなく、凍えながら海を見たり、アルバイトのことを考えたりしながら過ごしました。
そうしているうち、サンタさんーーーーーアンチサンタクロースのことを思いだしてこれを書こうと思いました。

この記事には三秋縋・スターティング・オーヴァーのネタバレが含まれます。
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 クリスマスはこの世で1番俯いて歩くのに相応しいイベントであるように思う。数少ない友人との予定は合わず、(そんな友人すらもいないのかもしれないが)恋人の存在もないような人間。普段は星を見たり、街の寂しそうな明かりを見たりして時間をやり過ごすのだが、12月の限られた時期だけはそうもいかず、彩度の低い冬靴や、ぬれた路面や、自身の着るくたびれたコートを眺めて過ごす他なくなるのだ。
 
 運命の相手が、自分よりもはるかに美しい、という思い込みにとらわれてしまうことがある。わたしには、物語の中の男の子しかいなかったから。本の中の彼は多くの人の心に残るために不甲斐なくて、孤独で、けれども美しかったから。


 この小説は、完璧な人生を送っていた主人公が、20歳になった瞬間に10年人生を巻き戻され、落ちぶれた人生を送るという筋書きで進んでいく。
彼は今までの人生をそのままコピーアンドしようとしながら2周目の人生を生きるのだが、それはことごとく失敗してしまうのだ。

 わたしには、彼が人魚に生まれ変わってしまった人間のように見えた。水底で窒息しながらも酸素を求めるように、光を求めるように水面に手を伸ばす彼は、視界の奥の向かい側で、自分と同じように水面に手を伸ばしてあがいている少女がいることに気づく。その時ようやく彼は、自身が人魚になったことに気が付いて呼吸ができるようになったのだ。

 彼は、1週目と異なる人生を送るなかで、自身のような順風満帆な人生を送る人間を憎しみ、彼さえいなかったら、と殺そうとすらする。

 前述したように、人魚のようになった彼の、人間に戻ろうと足掻いている様子は、ほとんど他人を憎み、妬んでいるだけのように見える。けれど彼は彼なりに、彼自身をこの上なく大切にしていただけなのだ、きっと。

 普通に生きる、ということをしていると、他人をこいつは自分よりもレベルが低い、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだと毒づきながらも傷をなめあいながら相互的に共存(共依存?)関係に陥ってしまう。温い沼のようなそのコミュニティは、目を曇らせる。覚えのある人はたくさんいるんじゃないだろうか。わたしもそのような一人だから。

けれど、この本の主人公はそれをしなかった。孤独に苛まれ、劣等感に苛まれ、時に人を殺そうとするほど恨みながらも、彼は彼自身の孤独を守り抜いた。彼の孤独は、あまりにも独りよがりで、高慢で、ひどい見方をすると幼稚にすら見えるだろう。けれども彼の孤独は、孤独であるだけで恰好よかったし、結果的に彼の孤独は彼を正しい運命へと導いたのだ。彼の目は曇らなかった。
 
 自意識を持つという行為、ひいては自意識という言葉自体が昨今、滑稽と揶揄されることが多くある。が、私は他人の自意識が生み出す孤独をひ毒いとおしく感じる。無理をして社会に迎合する必要性も、友人や恋人を作る必要もなくて、ただあなただあなたとして生きていることが安心につながるのだ。
小説のような出会いは起きないかもしれない。もしかしたらというか、かなりの確率で。それでも私はあなたの孤独がいとおしい。だからあなたはあなたの孤独を離さないで。
 
 余談だが、この小説には、アンチサンタクロースというキャラクターが登場する。私はこのキャラクターが三秋縋の女性キャラクターの中でもかなり好きだ。背の高い、倫理観の少し欠けた平凡なコンビニ店員。わたしは彼女のようなになりたくて、アルバイトを始めたような節もあるのだ。(最も私は居酒屋店員で、彼女にはなり切れないのだけれども)
 できるだけ一人で来店した客には優しくするようにしているし、楽しそうな大学生の男女グループには不愛想に接するように心がけている。どうかあなたの心に、生活に、私が残ればいいと祈りながら。


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