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【追憶の旅エッセイ #86】ゲイタウン「チェルシー」を拠点に、男友達の用心棒になる日々

夜行バスで一晩かけてようやく到着し、ホステルは予約したはずなのに取れてなく、あげくレセプションにはぶっきらぼうな対応をされ、嫌な予感に包まれて始まったニューヨーク滞在。

でも入口こそそうであれ、実はその扉の向こうには楽しい日々が待っていたのであった。だから何ごともすぐに判断するもんじゃない、と教訓のように思う。

今回、私の拠点となるホステルがある街は「チェルシー」。ニューヨーク随一のゲイタウンとして知られている。

比較的安全なカナダでぬくぬくしていたので、やはり様々な犯罪が横行するアメリカに行くとなるとピンと背筋が張るものだ。

最初は、アコモ代がほかの街よりリーズナブルなこともあり、この界隈でホステルを探していたのだが結果、一応女として自分の身を守るためにもチェルシーを拠点にすることは、この上ない名案のように感じられた。

ホステルは古く重厚な建物だけれど、広々としたバックヤードに大きな木のテーブルがあり食事や談笑、読書などを思い思いにできるスペースになっていた。

ニューヨーク滞在の全ての出会いは、この大きなテーブルから始まったと言っても過言ではない。

中でも一番仲良くなったのが、オーストラリア人のマイクだ。

オーストラリア人だけど、その頃日本で英語の先生をしたり空手を習っていて(かなりの腕前)、ニューヨークには当時彼が付き合っていた日本で出会ったアメリカ人の彼女を追いかけて、らしかった。

オーストラリア、日本、アメリカを網羅する壮大な恋バナを、その大きなテーブルで聞いた。そしてそれが彼のほぼ自己紹介のようなものだった。

で結果、振られたのだったか、とにかく思わしくない状況で、そんなときに彼が住んでいた国出身の女の子(私)が現れたんで、思わず話かけてきたのだ。

最初はもうひとり日本人の男の子もいたのだけど、数泊で去ってしまった。その後も私とマイクはよく出かけた。

マイクだけでなく、何人か男の子たちに「ちょっとついてきてよ、一杯奢るからさ」とよく誘われたのだけれど、それは私がスーパー魅力的だったからではなく(いやどうかな。笑)、チェルシーという立地によるものだった。

ホステルに滞在していたのは、私が知る限りLGBTぽい人は少なそうだったけれど、一歩外に出ると街中にはスタイリッシュなゲイの人々が闊歩しているような街だ。「ゲイシティ」というフリーペーパーまで入手できて、記念になるのでもらっておいた。

マイクやほかの皆曰く、ウィンクされたりナンパされたりすることも多いのだとか。特に夜のパブなどは、情熱的に誘われることもあり、あらかじめ女の子を連れているとなにかと助かるのだ、と言われた。

要は私は彼らにとって、用心棒のような存在だったのだ。

もう10数年も前の話だけど、その頃でも私の周りには日本でも海外でも割とLGBTの人はいたから、偏見がそこまで強かったわけではないと思う。

同性からアプローチされたことは(この時点では)なかったから、どういう気持ちかわからなかったけれど「まぁ、それで助かるのなら」、と私はひと肌脱いだ。

というより、私にとってもゲイタウンのゲイパブに出入りすることは、非常に興味深く女ひとり旅ではなかなかできない社会勉強なのだったから、「win-win」と言える。

マイクと連夜通ったパブは、大バコで比較的入り易かったけれど女性用トイレがなかったりした。露骨だなぁと思うけど、確か人気テレビドラマ「SATC」でサマンサとミランダがゲイクラブで同じような状況だったシーンを思い出していた。

用心棒以上に、私とマイクは友達としても仲良くなった。日中も一緒に出かけたり、ミュージカルを見に行ったり、ニューヨークに進出したばかりの「吉野家」で牛丼を食べたりした。

彼とはその後、日本の京都、オーストラリアのケアンズ、シドニーで再会し、ぼちぼち連絡を取っている。今では日本人の奥さんとの間に可愛いお子さんが2人いるようだ。

その後の思い出もたくさんあるのに、いつもマイクのことを思い出すと、チェルシーなのが面白い。

あのバックヤードの大きなテーブルで向かいに座り、持参した朝ご飯を食べながら「今日どうする?」と話しかけてくる。同い年だから、お互いもういい年になったけれど、記憶の中では20代半ばの初々しい私たちなのだ。

彼のおかげで、ニューヨークの時間にうんと奥行きが出た。

私はいつもひとり旅だから、ひとりではできないことが偶然の出会いによってできたり行けたりするとき、その奇跡に感謝したくなる。

10数年も経てば、街並みも雰囲気も色々と変わっただろうな。
だからこそ、記憶の中を掘り起こし、少しでもこうして残したいと思うのだろう。私だけの追憶の旅を…。

◆旅帖より◆

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