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就活生とか、転職を考えている若い人が読んでくれたら参考になるかも知れない話①

私自身は引き続きテレワークをしていてあまり街に出ていないのでリアルに感じられていないのですが、6月1日から次の年度の就職活動が始まっているのではないかと思います。(水面下ではいろいろあるのかも知れませんが、そこに関しては私自身把握していないですし、業種や業界によっても違うと思いますので)
とは言えこういうご時世ですのでリアルな面接もできないでしょうから、受ける側(学生側)にとっては例年以上に不安な就活になってしまっていると推測します。
私自身は今はもう離れてしまっていますが採用セクションに在籍していたことがあります。また私自身の就活は15年近くも前で今の就活システムに対する実践的なアドバイスもできませんが、一方で今まで会社で仕事をしてきた中で毎年新入社員との接点はあったので、それらの経験から会社生活の先輩としては何か言えるのかなと思い、今回は文章を書いてみようと思った次第です。
※予めおことわりしておきますが、おそらく今回は新卒として就活をしている方向けの内容で1回分の記事が終わってしまうと思います。タイトルを見て、新卒就活ではなく「転職を考えている若い方」が読んでくださっている場合は「話が違うじゃないか」と思われるかも知れませんが、根底に流れる部分として参考になるのではないかと自分としては思っています。この点をご理解いただければ幸いです。

今就活中で悩んでいるあなたへ

学校生活と会社生活の違い
私は、就活中の学生が不安になってしまう最大の理由は「基準がわからない」ことだと思っています。
今、大学(大学院)で学んでいる皆さんは、小学校から始まる「学校システム」の集大成の位置にいる状態です。それまでの人生で何らか「受験」を経験してきているでしょうし、推薦やエスカレーター式で文字通りの受験をしないで進学した人であっても、周囲の友人の様子などから「日本の受験システムに関して全くわからない」という状態ではない筈です。

私自身ももちろん学校生活と会社生活を両方経験している人間ですが、振り返ってみると学校生活というのはとても「公平な世界」だったと実感します。学校のテストでは、ペーパーテストで30点の人と70点の人で後者の方が成績がいい、ということはまずあり得ないでしょう。もちろん、授業中の態度とか提出物のような要素を加味して成績をつけることもあるでしょうが、その場合はそれはそれで事前に明示されているのではないでしょうか。
また、入試に於いても、推薦やAO等ではなく筆記の入試であれば、入試倍率や合格最低点が明示されるなど、かなり「公平性」が重視されていることがわかると思います。

一方で会社生活というのはすごく不公平な世界です。これも会社の業態やカラーによりその不公平度合いも違ってきますが、そもそも「不公平度合いが違う」ということ自体、「明確な基準がない」状態です。
ボーナスの査定も昇進の可否も、配属や転勤なども、現場ではない「密室」で決まりますし、その判断基準や理由を聞いてもおそらく明確な答えは返ってこないでしょう。
実際、会社も組織なのでこういったことを決めていく上での「ロジック」や「進め方」があり、さらに客観的な基準がある場合もあるのですが、最終的には『人間』を扱うことから機械的に適用してもなかなかうまくいかず、「人事部」的な部署が最後の調整を行います。結局この最終調整が現場の人間から見た場合の「ブラックボックス」になってしまうことになります。
そもそも「仕事のアウトプットをどう評価するか?」はすごく難しい問題で、そもそも評価システムに関する人事コンサルタントが多数存在するぐらいです。
就活に限らず、入社して年数の浅い若い社員が「何故自分は評価されないのだろう」と悩んでしまうのもこの点に起因すると思います。

「基準がわからない」という悩み
前段が長くなってしまいましたが、就活をしている学生が「基準がわからない」と悩んでしまうのは、それ自体が「答えのないものを探してしまっている行為」だと私は捉えています。だって、基準はないか、もしくはあっても言語化も明文化もされないし、最終調整がされてしまうんですから。

なので、就活の過程のどこかのタイミングで企業側から「お断り」されてしまっても、悩む必要はありません。それが志望企業であればもちろん失望感はあるでしょうが、「その会社に入れなかったこと」と「自分が受け入れられなかったこと」は自分の中で整理して捉えたほうがいいと思います。
もちろんこれは理想論で、実際には前者の気持ちだけでもいろいろ落ち込んでしまうと思いますが、それでも頑張って後者の部分に関して開き直ることにエネルギーを使う方が建設的だし、少しでも気持ちが楽になると思います。

「基準」は自分で創るしかない
上で書いたように、特に就活生が「会社側の基準を知ろう」とすることは不可能な行為であり、自分を消耗させてしまうだけの行為であると私は思っています。
かと言って、「基準」を何も持たないまま就活に臨むというのも無謀な話です。試験範囲もわからず、何点取れば合格になるかわからない試験を受験することを想像してみてください。出たとこ勝負でも何とかなる天才でない限り、ちょっと勝ち目がないですよね。

こう書くと「ではその基準はどうやって創ればいいのか」ということを知りたい、と考える方は多いのではないかと思います。
ただ、この部分が就活の難しいところで、一番身も蓋もない言い方をすると、「個人別の基準を創る基準はない、何故なら個人別の基準だから」という、ともすれば禅問答みたいな話になってしまいます。

その中で最大限に一般化して書くとすれば、「自分で基準を創ること自体が就職活動である」と言えるのではないかと思います。
もちろんそのためには志望する企業のことを調べなくてはなりません。
志望する企業の業務内容や社風や採用方針などがわかって、その上で「自分はその会社でどんな仕事をしたいのだろう?」と考えていく過程で、自分なりの「基準」ができていくのではないでしょうか。
ここは誤解されそうな点なので別の表現で書いておくと、上の文章は一見すると普通の企業研究のプロセスに見えるかも知れません。が、「この企業の採用の基準は何か?」と基準自体を知ろうとする企業研究をするのではなく、「この企業がこういう企業だから、こういった人材を必要としているに違いない。であれば、自分は(就活に於いて)こういう人間でいよう」という基準を自分で創ろうとする意図を持つための企業研究をした方が建設的、と言いたいのです。

今回はいったんここまで
書いているうちにいろいろと言いたいことが出てきて、初回だけで結構な長さになってしまいました。
今回はいったんここで切り、後日また続きを書きたいと思います。
ただ、「今までの学校的評価」の考え方から脱却して「基準がない(少なくともこちらにはわからない)会社的評価」と捉えることで、気分的にはだいぶ楽になるのでは?というところが私の根幹にあります。
上でも書きましたが、「ないものを探す旅」を続けるのはしんどいですよね。

なお、私は以前「他人の行動は変えられるか?」という記事を書いている通り、あまり他人に「こうすべき」というようなことは言いたくない人間です。ただ、私は自分の人事セクションでの経験や、毎年就活に悩む学生の姿からいろいろ胸を痛める部分があり、今回は私としてはちょっと強めの文章になっているかも知れません。
もし実際に参考になれば嬉しいですし、考え方として相容れない部分があればそれはそれで採用しないでいただければ、ということは申し添えておきます。


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